50 諸國司を敎戒するの勅 淳仁天皇(第四十七代)

しょ國司こくし敎戒きょうかいするのみことのり天平寶字五年八月 續日本紀

頃見七道巡察使奏狀。曾無一國守領政合公平。竊思。貪濁人多。淸白吏少。朕聞。授非賢哲。萬事咸邪。任得其才。千務悉理。止如國司。一色親管。百姓藉其。奬導風俗。字撫黎民。特須精簡。必合稱職。其居家無孝。在國無忠。見利行非。臨財忘恥。上交違禮。下接多諂。施政不仁。爲民苦酷。差遣邊要。詐稱病重。任使勢官。競欲自拜。匪聞敎義。靡率典章。措意屬心。唯利是視。巧弄憲法。漸汙皇化。如此之流。傷風亂俗。雖有周公之才。朕不足觀也。自今已後。更亦莫任。還却田園。令勤耕作。若有悔過自新。必加褒賞。迷塗不返。永須貶黜。普告遐邇。敎喩衆諸。

【謹譯】このごろ、七どう巡察使じゅんさつし奏狀そうじょうるに、かつて一こくかみまつりごとりょうして、公平こうへいふことなし。ひそかおもふに、貪濁たんだくひとおおくして、淸白せいはくすくなし。ちんく、さずくるもの賢哲けんてつあらざるときは、萬事ばんじよこしまに、にんずることさいるときは、千務せんむことごとおさまると。國司こくしごとき、一しきしたしくつかさどりて、百姓ひゃくせいそれれり。風俗ふうぞくすすみちびき、黎民れいみん字撫じ ぶするや、とくすべからくくわしえらみ、かならしょくかなふべし。いえこうなく、くにつてちゅうなきは、おこなひ、ざいのぞんではじわすれ、かみまじわりてれいたがひ、しもまじわりてへつらおおく、まつりごとほどこしてじんならず、たみ苦酷くこくす。邊要へんよう差遣さけんせんとすれば、いつわつてやまいおもしとしょうし、勢官せいかん任使にんしせんとすれば、きそうてみずかはいせんとほっす。敎義きょうぎかず、典章てんしょうしたがふことなく、こころたす。ただたくみ憲法けんぽうもてあそびて、ようや皇化こうかけがす。かくごときのやからは、ふうそこなひ、ぞくみだる。周公しゅうこうさいありといえども、ちんるにらざるなり。いまより已後い ごさらにんずることく、田園でんえん還却かんきゃくして、耕作こうさくつとめしめよ。あやまちいて、みずかあらたにするものあらば、かなら褒賞ほうしょうくわへよ。みちまようてかえらずんば、ながすべから貶黜へんちゅつすべし。あまね遐邇か じげて、衆諸しゅうしょ敎喩きょうゆせよ。

【字句謹解】◯七道 東海・東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海の七どう ◯巡察使 民情を視察するために諸國を巡り歩く官吏かんり ◯奏狀 上奏じょうそうする文書 ◯ 國司こくしの最上位の官名、大寶令たいほうりょうによれば國司の官位にはかみすけじょうもくの四等あり ◯貪濁 むさぼりて心けがる。欲がふかくて心にけがれがあること ◯淸白 淸廉せいれん潔白けっぱくきよらかにしてけがれのないこと ◯賢哲 かしこくさとし。賢くさとき人 ◯ よこしま。正しくないこと、邪惡じゃあく ◯ ざいに同じ、ここでは適材てきざいの意 ◯國司 大寶令たいほうりょうによる地方長官、詳くは第二十一の〔註一〕を見よ ◯一色 ひたすらの意、しきすなわしゅ、物の種類の義。同樣どうようの用例としては淳仁じゅんにん天皇天平寶字ほうじ三年六月のみことのりに『ねてぜんの書をむ者あらば』云々うんぬんとあり。ほ右詔勅しょうちょく中に『したがつて昇進せしめよ』とあり、思ふに當時とうじ佛敎ぶっきょうの最も隆盛を極めた時代であつたから、しきほんなど佛語ぶつごが使用せられたものであらう ◯百姓 もろもろのくにたみ、一般國民を指す ◯黎民 れいしゅうに同じ、多し、もろもろ、詩經しきょうに『羣百姓』とあり。すなわ黎民れいみんは多くの民、國民の意。又一せつれいくろにして、庶民は冠をけず黑髪くろかみあらはすので、黎民れいみんとよぶともいふ、黎首れいしゅ黎庶れいしょに同じ ◯字撫 はいつくしむ、あはれむ、慈愛をいふ。字撫じ ぶはいつくしみ愛すること ◯精く簡む かんは選ぶこと、えりわける。南史なんし陳喧傳ちんけんでんに『人物』とある、てんじて君主の特命によつて官に任ぜられることを特簡とっかんまたは簡授かんじゅといふ。はくはしく調べて簡抜かんばつする意。淳仁じゅんにん天皇天平寶字ほうじ三年六月二十二日のみことのりに『國を治むるのようは、人をかず』とあり ◯財に臨んで 物質的の利益りえきたいしてはの意 ◯ おもねりへつらふ ◯邊要 へんはくにざかひ又はかたほとり。すなわち國のはての要地をいふ ◯差遣 さしつかはす、派遣する ◯勢官 勢力のある官。要路ようろ權勢けんせいあるやく ◯敎義 をしへの道 ◯典章 てんしょうものり、さだめ、きそく、おきて、法度はっと ◯憲法 國のおきて。今日こんにちのいはゆる憲法とは、立憲國りっけんこくにおける統治けん主體しゅたい客體かくたいおよびその機關きかんの作用・權限けんげん等を規定せし國家の大法たいほうをいふのであるが、ここでは聖德太子しょうとくたいし憲法、もしくはたんなると解すべきであらう。ほ〔註一〕を參照せよ ◯皇化 皇室の德化とっか ◯周公 名はたんしゅう文王ぶんおうの子武王ぶおうの弟。武王ぶおうたすけて天下を定め、また幼主成王せいおうたすけて、制度禮樂れいがくを定め、天下おおいに治まる ◯ みち、道に同じ ◯貶黜 官をおとして退けること。貶謫へんてき貶斥へんせきに同じ ◯遐邇 遠きと近きと

〔註一〕聖德太子の憲法と今日の憲法 本勅ほんちょく憲法とあるが、後世のりつりょうを語るもの、あるいは聖德太子の憲法を見て、國家の制法ここに始まるとなすものがある。しかし太子の憲法は、臣民しんみんの守るべき禮法れいほうを定められたもので、儒学じゅがく佛敎ぶっきょうの道德に基づいて、舊來きゅうらい弊風へいふうを指摘し矯正きょうせいせられたものであるから、大化たいか以後に成れる律・令と同じものではなく、むろん君民くんみん權利けんり義務を定めたまへる今日こんにち憲法とは、その名は同じであつても、おおいにおもむきをことにするもので、これを混同してはならぬ。

【大意謹述】このごろ七どう巡察使じゅんさつし上奏じょうそうする文書をみるのに、いづれの國の國司こくしにも、公明正大なる政治を行つて居るものが無いやうである。思ふにこれは、ただ一しん利益りえきをはかるために、けがれた貪婪たんらんの心をいだいたものばかり多くて、まごころから、人民のためを思ふ淸廉せいれん潔白けっぱく官吏やくにんが、少いからであらう。聞くところによると、まつりごとを授くるものが、さとく賢い人でなかつたならば、萬事ばんじみなよこしまなことばかり行はれ、また任官にんかんするのに、適材てきざい適所てきしょに任ずれば、天下はよくをさまるといふことである。こと國司こくしの如きは、直接民に接して、もっぱまつりごとを執り行ふもので、民の幸福は一に國司の如何いかんによるものであり、民をおしへ導いて風俗ふうぞくを改め、よく民をいつくしみ愛せねばならぬものであるから、充分にくわしく調査してえらにんすべきもので、したがつて國司こくしたるものはよくその使命を考へ、職をまっとうするやうに心がけねばならぬ。家にあつて孝行をせず、國にあつて忠義を忘れるやうなものは、必ず一しん利益りえきのみ計つて、よこしまなることを行ひ、利益のためには恥をも忘れ、かみまじわつてはれいたがひ、しもに接するにはへつらひが多く、まつりごとを執るには仁愛の心がなくて、民を苦しめさいなむのである。もし又かやうなものを遠い國へでも派遣しようとすると、いつはつて病が重いといふし、勢力のある官職に就かせようとすれば、あらそひ合つて三ぱいはいするといふ有樣ありさまである。しかもおしへの道をかうとはせず、法令や規則は守らず、ただ心にかけるものは自己一身の利益をはかることばかりで、巧みに憲法もてあそんで法網ほうもうをくぐり、かくてわが皇室の德化とっかけがすに至るのである。かやうなやからは、むしろ民のよい風俗をみだがいし、人民にわざはひするものであつて、たとへばしゅう公旦こうたんほどの才智をもつて居るものであらうとも、ちんにおいては取るに足らざる人物である。今後はかやうな人物は、決して任官することなく、むしろ田舍にかえして農業でもやらせるやうにせよ。しかし、もしあやまちを悔い改めて、職務にはげむものがあれば、必ず褒美ほうびあたへてこれをしょうし、またおのれ本分ほんぶんを忘れ、途中にとどまつていつまでもかえつて來ないやうな者にたいしては、官位をとりあげて、これを退けるやうにせよ。この趣旨遠近くにじゅうつたへて、よく一般をおしへさとすやうにせよ。

【備考】しょく日本紀にほんぎ第二十三卷、淳仁じゅんにん天皇天平寶字ほうじ五年七月のくだり

 秋七月癸未朔、日有蝕之。甲申、西海道巡察使武部少輔從五位下紀朝臣牛養等言、云云

とあり、ついで翌八月癸丑みずのとうし朔日ついたち、このみことのりを下されたのである。このみことのりに於て天皇は、詔勅しょうちょくとしてはまれにみる强硬きょうこうなお言葉、たとへば『周公しゅうこうの才ありといえどちんるに足らず』『田園に還却かんきゃくして耕作を勤めしめよ』等の御言葉おことばを以て、きびしく國司こくしの怠慢を戒飭かいちょくせられて居るが、その由來をくためには、その前詔ぜんしょうに就て一げんせねばならぬ。すなわちこれより天平寶字三年六月二十二日(丙辰)、天皇にはあまねく內外の官人やくにん訓戒くんかいすべく、次の如きみことのりはっせられて居るが、御文辭ごぶんじ流麗りゅうれいしん經國けいこく大文章だいぶんしょうと申しあぐべきものであつた。

 聞くならく、國を治むるのようは、人をえらぶにかず。人をえらのうに任ずれば、民安く國富むと。ひそかに內外官人かんじん景迹けいしゃくを見るに、かつ廉恥れんちなく、こころざし貪盗とんとうにあり。これ宰相さいしょう訓導くんどうおこたりなり。人みな愚性ぐしょうくるものにあらず。よろしく誘誨ゆうかいを加へ、おのおの令名れいめいを立てしむべし。それ維城いじょう典訓てんくんは、まつりごとすの規模をじょし、身をおさむるの撿括けんかつあらわし、りつりょうかくしきは、當今とうこんの要務をろくし、庶官の紀綱きこうそなふ。ならびにこれかみを安んじ、民を治むるの道をきわめて世をすくたすくるのよろしきをつくす。みだり殺生せっしょうせず、貧苦ひんくあわれむをとなし、もろもろの邪悪をち、もろもろ善行ぜんこうおさむるをとなし、かみつかへてちゅうつくし、しもしてなさけあるをとなし、あまね庶事しょじを知り、是非を斷決だんけつするをとなし、物にあずかりてみだりならず、ことれてみな正しきをとなす。ぶんにあらずしてふくこいねがにあらずして物を欲するをし、心に辨了べんりょうすることなく、ひて人にせまなやますをとなし、ことことわりに合はず、好んで自愚じ ぐとするをとなし、おのれの妻を愛せずして、の女を犯すを喜ぶをとなし、人のあたへざる所をおおやけに取り、ひそかに取るをとなす。父兄ふけいいましめざれば、れ何を以てか子弟していを導かん。官吏かんり行はずんば、れ何を以てか士民しみんおしへん。じんれいしんの善をおさめ習ひ、とんじんいんとうの惡をいましつつしみ、かねて、ぜんしきの書をむ者あらば、あげて之をさっし、ほんしたがつて昇進せしめよ。今より以後、しきを除くのほか史生しせい已上いじょうに任用することをざれ。こいねがはくはあくこらしてぜんすすめ、を重んじ物をかろんぜしめむ。あまねく天下に告げて、朕が意を知らしめよ。

 このみことのり要點ようてんは、五じょうみちすなわち仁・義・禮・智・信をすすめ、五あくすなわち貪・嗔・癡・婬・盗をいましめたまひしところにあるが、特に結語けつごにおいて『を重んじ、物をかろんぜしめむ』とおおせられて居るのを注意せねばならぬ。しかるにその依然いぜんとして諸國の國司こくし等が、汲々きゅうきゅうとして一しんの利をのみはかり、職をかえりみないものが多かつたので、更に五年八月前記のみことのりはっせられ、きびしく國司こくし怠慢たいまん戒飭かいちょくせられたのである。本勅ほんちょく『止如國司。一色親管。百姓藉其。奬導風俗。』を、大日本史だいにほんしは『止如國司一色。親管百姓。奬導風俗。』に作るも、本書はしばら寬文本かんぶんぼん日本紀しょくにほんぎしたがふ。