46 八道賑恤の詔 孝謙天皇(第四十六代)

八道はちどう賑恤しんじゅつみことのり天平寶字二年正月 續日本紀

朕聞。則天施化。聖主遺章。順月宣風。先王嘉令。故能二儀無愆。四時和協。休氣布於率土。仁壽致於群生。今者三陽旣建。萬物初萠。和景惟新。人宜納慶。是以別使八道。巡問民苦。務恤貧病。矜救飢寒。所冀撫字之道。將神合仁。亭育之慈。與天通事。疾疫咸卻。年榖必成。家無寒窶之憂。國有來蘇之樂。所司宜知差淸平使。勉加賑恤。稱朕意焉。

【謹譯】ちんく、てんのっとほどこすは、聖主せいしゅ遺章いしょうつきしたがふうぶるは、先王せんおう嘉令かれいなりと。ゆえく二たがふことなく、四時しいじ和協わきょうし、休氣きゅうき率土そっとき、仁壽じんじゅ群生ぐんせいいたす。いまは三ようすでち、萬物ばんぶつはじめてえ、和景わけいあらたなり。ひとびとよろしくよろこびるべし。ここもっ使つかいを八どうわかち、たみくるしみ巡問じゅんもんし、つとめて貧病ひんびょうあわれみ、飢寒きかん矜救きょうきゅうせむ。こいねがはくば撫字ぶ じみちかみじんあわせ、亭育ていいくめぐみてんことつうじ、疾疫しつえきしりぞき、年穀ねんこくかならみのり、いえ寒窶かんくうれいなく、くに來蘇らいそたのしみあらんことを。所司しょしよろしくりて淸平せいへい使つかいつかはし、つとめて賑恤しんじゅつくわへ、ちんかなふべし。

【字句謹解】◯天に則り のっとりは、てほんとしてならふ。天理てんりにのつとる意 ◯ 德化とっか敎化きょうかの意 ◯聖主 すぐれた天子。萬事ばんじに通じて智德ちとく圓滿えんまんなる君主、ひじりのきみ聖王せいおうに同じ ◯遺章 しょうはのり、おきて、さだめ。先人ののこしおきしのり ◯先王 先君に同じ。亡き前の天子、また歷代の天皇にもいふ ◯嘉令 はよき、よみすべき。れいはおほせ、をしへ、いましめ、のり、戒告かいこくすなわちよきいましめの意 ◯二儀 はのり、てほん、おきて。二つのおきて ◯愆ふ たがふ、違反する意 ◯四時 四季、春夏秋冬をいふ ◯和協 うちとけ親しくして力を合はせる。ちゅうどうの略 ◯休氣 きゅうはよろこび(慶)、さいはひ(幸)、うつくし(美)、よし(善)の意。はけはひ、おもむき、ありさま。すなわちよきさいはひ(休祥)、よきしるし(休徵)の意 ◯率土 率土そっとひんの略、陸地のつづける限り、すなわ天下中てんかちゅうの意。詩經しきょう小雅篇しょうがへんに『溥天之下、莫非王土、、莫非王臣』とある ◯仁壽 じんはいつくしみ、あはれみ。じゅはながいきする、ことぶき、長命ちょうめいの幸福 ◯群生 ぐんはもろもろ、多しの意で、群生ぐんせいは國民、人民をいふ。蒼生そうせい百姓ひゃくせいに同じ ◯三陽 三しゅんに同じ、陰曆いんれきの正月(孟春)・二月(仲春)・三月(季春)をいふ ◯和景 なごやかな景色 ◯八道 東海・東山とうさん・北陸・北海・山陰・山陽・南海・西海せいかいの八どうをいふ。ただしここでは八ヶの意か ◯巡問 めぐつて慰問いもんすること ◯恤み あはれみめぐむ ◯矜救 きょうはあはれむ、びんれんに同じ。あはれみすくふこと ◯撫字の道 はいつくしみ、あはれむこと、慈愛じあいの意。民をいつくしむことを字民じみんといふ。すなわち民を愛しいつくしむ道 ◯亭育の慈 ていはそだてること。亭育ていいくはそだてやしなふ意。唐書とうしょ代宗紀だいそうきに『中孚及物爲心』とある。はいつくしみ、なさけをかける、慈愛じあい仁慈じんじ慈悲じ ひ ◯疾疫 はやりやまひ、流行病 ◯年穀 五こくをいふ、こくもつ。五こくは年に一度熟するから年穀ねんこくとよぶ ◯成る みのる、みのる、みのる、みのる、みのるに同じ ◯寒窶 はやつれる、貧しくてやつやつし。寒窶かんくはまづしくやつやつし、貧窶ひんくに同じ ◯來蘇の樂 來蘇らいそとは仁者じんしゃがその地にきたつて、人民が再生の思ひをすることをいふ。蘇息そそくのこと。書經しょきょうに『室家相慶曰、徯予后、后、民之戴商、厥惟舊哉』とあり ◯所司 つかさどるところの役人、もろもろのつかさ所司しょしに就ては第三十三の【字句謹解】所司の項に詳說しょうせつせり ◯淸平 淸淨せいじょうにして公平なる、きよらかで邪念じゃねん私心ししんがないこと ◯賑恤 にぎはしめぐむ、あはれみあたへること。

【大意謹述】天理てんりをてほんとして德化とっかほどこせとは、すぐれた聖天子せいてんしのこされしおしへであり、また時にしたがつて風敎ふうきょうけとは、わが祖宗そそうのよきおんいましめであつた。この二つのおしへにたがふことなく、年中、これを守つて諸臣と力を合せ、よき政治を布くことにつとめてこそ、はじめて國中によろこびのこえが聞かれ、民をいつくしみことほぐことが出來るであらう。時はちやうどいま春の初めで、草や木もぼつぼつとでて、四方よ もの景色はすがすがしくなごやかである。民も定めしちんよろこびの心を受けれてくれるであらう。そこで使つかいを八どうに分けつかはして、民のくるしみを巡囘じゅんかい慰問いもんせしめ、貧困ひんこんのものや病氣に苦んで居るものを、あはれみめぐみ、またうえや寒さになやんで居るものを、たすけ救ふであらう。朕のねがふところは、かみじんを合はせて、民を愛しいつくしむ道をまっとうし、天とことを通じて、なさけぶかく民をそだて養ひ、はやりやまひはなくなり、五こくはよくみのり、民に衣食いしょくの心配がなくなつて、むかし支那し な仁者じんしゃが來たために、民が再生の思ひをして喜んだやうに、わが國民が朕の政治を喜ぶやうになることである。つかさの諸役人たちはよくこのを知つて、心きよく公平なる使者を遣はして、よく民をあはれみめぐましめ、朕のこの心にふやうにせねばならぬ。