45 百僚を諭すの詔 孝謙天皇(第四十六代)

百僚ひゃくりょうさとすのみことのり天平寶字二年正月 續日本紀

朕以庸虛。忝承大位。母臨區宇。子育黎元。思與賢良。共淸風化。長固寶曆。久安兆民。豈意。狼戻近臣。潛懷不軌。同惡相濟。終起亂階。賴宗社威靈。遽從殲殄。旣是逆人。親黨私懷。並不自安。雖犯深愆。尙加微貶。使其坦然無懼。息其反側之心。如聞。百僚在位。仍有憂偟。宜悉朕懷。不勞疑慮。昔者張敞負釁。更致朱軒。安國免徒。重紆靑組。咸能洗心勵節。輸款盡忠。事美一時。譽流千載。今之志士。豈謝前賢。改滌過咎。勉己自新。方冀。瑕瑜不揜瑜。要待良治。用靡棄材。以成大廈。凡百列位。宜鏡斯無言。夙夜無怠。務脩爾職。

【謹譯】ちん庸虛ようきょもって、かたじけなく大位たいいけ、區宇く う母臨ぼりんし、黎元れいげん子育しいくす。おもへらく、賢良けんりょうとも風化ふうかきようして、とこしへに寶曆ほうれきかたうし、ひさしく兆民ちょうみんやすんぜんと。おもはんや。狼戻ろうれい近臣きんしんひそか不軌ふ きいだきて、同惡どうあくあいし、つい亂階らんかいおこさんとは。宗社そうしゃ威靈いれいりて、にわか殲殄せんてんしたがふ。すで逆人ぎゃくじんなり。したしくひそかにおもひ、ならびみずかやすんぜず。深愆しんけんおかすといえども、微貶びへんくわへ、それをして坦然たんぜんとしておそるることなく、反側はんそくこころやすましめむ。くならく、百りょうくらいり、憂偟ゆうこうすることありと。よろしくちんおもいつまびらかにし、疑慮ぎりょろうせざるべし。昔者むかし張敞ちょうしょうきんひて、さら朱軒しゅけんいたし、安國あんこくまぬがれて、かさねて靑組せいそまとひたり。こころあらせつはげみ、まことを輸いたちゅうつくして、ことうるわしく、ほまれざいながれたり。いま志士し し前賢ぜんけんしゃせんや。過咎かきゅう改滌かいてきし、おのれつとめてみずかあらたにせば、まさこいねがはくは、おおはず。よう良治りょうちちて、もっざいつるなく、もっ大廈たいかさん。およそ百れつくらいよろしくげんかんがみ、夙夜しゅくやおこたることなく、つとめてなんじしょくおさむべし。

【字句謹解】◯庸虛 ようはつね、なみ、おろか、愚か。凡庸ぼんよう庸愚ようぐの意。きょはむなし。から、中味のからなること、てんじて愚かなる意。すなわ庸虛ようきょは自己を謙遜けんそんしていはれしもの ◯大位 皇統こうとう、天子の位、皇祚こうそ寶祚ほうそ、あまつひつぎ ◯區宇 土地のくぎり、てんじて宇内うだい・國家の義。晉書しんしょ地理志ち り しに『表提類而分』とあり ◯母臨 次のたいする語。わが國に於ける君臣關係かんけいは『義は君臣にして情は父子』であるから、かくおおせられたもので、すなわち國の母として天子の位にき、民を子の如くにいつくしみ愛すると仰せられしもの ◯黎元 もろもろのくにたみ、黎庶れいしょ黎首れいしゅに同じ ◯子育 子としていつくしみ育てる、前條ぜんじょうを參照せよ ◯賢良 かしこくてよい人、りこうで正しい人。賢明で善良なるしんを指されしもの ◯風化 風敎ふうきょう敎化きょうか。をしへさとし導くこと ◯寶曆 ほうは天子のことにいふ(寶算・寶祚の如し)。れきはこよみ、てんじて年壽ねんじゅ壽命じゅみょう、としつきの意。すなわ寶曆ほうれき皇統こうとうに同じ ◯兆民 もろもろのくにたみ、億兆おくちょうに同じ ◯狼戻の近臣 狼戻ろうれいは狼の如く、心ねぢけて道理にもとるをいふ。近臣きんしんは天子の近くにはべる臣下しんか。ここでは橘奈良麻呂たちばなのならまろの一とうを指されしもの。詳しくは〔註一〕をみよ ◯不軌 はみち、のり(法)。不軌ふ き法度はっとを守らず、むほんすること。漢書かんじょ卜式傳ぼくしきでんに『之臣』とあり ◯同惡相濟し 惡人同志が互にあい助け合ひ ◯亂階 かいはきざはし(梯)。みだれるきざはし、てんじてむほんの意。詩經しきょう小雅篇しょうがへんに『無拳無勇、職爲』とあり ◯宗社 宗廟そうびょう社稷しゃしょくと。てんじて國家の意にも用ふるが、ここでは宗室そうしつ宗廟そうびょうの意 ◯威靈 威稜みいづに同じ。神靈しんれいの威力、てんじて天子の御威光ごいこう ◯殲殄 せんはみなごろし。てんはほろぼす、たやす、つ、つくす。すなわのこらずほろぼしつくすこと ◯逆人 逆賊ぎゃくぞくに同じ。むほん人 ◯親しく黨り りは知りさとる意。みづから知り悟ること ◯深愆 けんはあやまち、過失、罪、とが。深きあやまち、大きな罪 ◯微貶 へんは官位をおとしてしりぞけること、貶官へんかん貶謫へんてき貶黜へんちゅつすなわちわづかにおとしてしりぞける、寬大かんだい處分しょぶんする意 ◯坦然 ひろく平らか。ゆるやかに、平然としての意 ◯反側 ねがへりをうつ、てんじてそむく、むほんすること、後漢書ごかんじょ光武紀こうぶきに『使子自安』とある ◯息ます 休ませる、いこはしめる。ねぎらふ意 ◯百僚 おほくのつかさ、多くの役人ども ◯憂偟 うれへおそれる、憂懼ゆうくに同じ ◯疑慮 うたがふこころ。疑念・疑心ぎしんに同じ ◯張敞釁を負ひて更に朱軒を致し 張敞ちょうしょう平陽へいようの人にして宣帝せんていしんきんはなかたがひ、不和。けんはむかし支那し なにて大夫たいふ以上の人のりし車。しゅはあかに近き色。全體ぜんたいの意味は張敞ちょうしょうが一たび宣帝せんていのために貶黜へんちゅつされたが、のちまたてい使者に迎へられ、公車こうしゃつて都にかえり、善政ぜんせいいたために盗賊の屛息へいそくせし故事を指す。ほ詳しくは〔註二〕をみよ ◯安國徒を免れて重ねて靑組を紆ふ 安國あんこくは南匈奴きょうど安國あんこく單于ぜんうのことか。は古代支那し なの五刑の第三にある刑罰で懲役ちょうえきのこと。『まとふ』は『く』(印綬を解く卽ち官を罷めること)の反對はんたいで、官位に就くこと。は冠のひもでてんじて印綬いんじゅの意。靑組せいそとあるはひもの色で官位を區別くべつせるもの。全體ぜんたいの意は安國あんこく單于ぜんう處刑しょけいまぬがれて再び官職に就き、善政を布ける意 ◯ まこと、まごころ、忠誠ちゅうせい ◯輸す いたす、致すに同じ。十分に心をうちあけて示すこと ◯千載 さいさいに通ず。ちとせ、千年、ながき世の意 ◯志士 正義のためにつく節操せっそうある士 ◯前賢 さきの世の賢者、むかしのりこうな人 ◯過咎 あやまちととが ◯改滌 あらためあらひすすぐ。てきはあらひすすぎ、けがれをはらひきよめること ◯瑕は瑜を揜はず は玉のきず、は玉のひかり。美德と過失と二つながら、かくさないのを心の忠實ちゅうじつたとへし語。禮記らいき聘義へいぎに『、瑜不揜瑕、忠也』とある ◯良治 よき治者ちしゃ。よき政治家 ◯ 才能、はたらき。また才能のある人、はたらきの有る人 ◯大廈 だいなる家、てんじて大廈たいかは國家の意 ◯百列の位 百りょうに同じ。もろもろの役人たち ◯夙夜 朝はやく起きて夜およくねること。てんじて朝早くからよるおそくまで、二六時中 ◯脩む をさむ、おさむ、習ふ。ここでは脩熟しゅうじゅくの意、すなわ學藝がくげいををさめて職務に上手になること。

〔註一〕橘奈良麻呂の亂 天平てんぴょう勝寶しょうほう八年五月三日、聖武しょうむ上皇じょうこうほうじたまひ、ついで翌天平寶字ほうじ元年正月、前朝ぜんちょうの重臣として、聖武帝に重用じゅうようされし左大臣橘諸兄たちばなもろえまた薨去こうきょした。しかるにその年の三月、上皇遺詔いしょうによつて立たれし皇太子道祖王ふなどのおうはいせられ、藤原ふじはら仲麻呂なかまろ(孝謙天皇の寵臣にして當時最も勢力あり)にゆかりのある大炊王おおいのおうが太子となられた。ここに於て前朝の寵臣ちょうしん達が不平をいだき、同年六月、左大辨さだいべん橘奈良麻呂たちばなのならまろ(諸兄の子)は、仲麻呂專恣せんしにくみ、ひそかにこれを除くべく、廢太子はいたいし道祖王ふなどのおうおよび安宿王あすかべおう黄文王きぶみのおうその他と共に廢立はいりゅうを行はうとはかつた。仲麻呂これを知り、ただちにつて奏聞そうもんし、諸門しょもんをかため、兵をつかわして奈良麻呂の一とうを捕へてごくに下し更に諸兵を分ち遣はして殘徒ざんとを捕へしめた。かくて仲麻呂は、反對はんたいとうを全く一掃してますますけんを振ふに至つたのである。

〔註二〕張敞 あざな子高しこう平陽へいようの人。かん宣帝せんていの時、京兆尹けいちょうのいんたること九年、治績ちせきあがり、抱鼓ほうこの鳴ることはまれであつた。かつておんなのためにまゆえがく。有司ゆうしこれをそうしたが、ていこれを責めず。揚惲ようきちゅうせらるるや、その黨友とうゆうゆえを以てこれをしりぞけんとするものもあつたが、帝はその才を愛し、置いてあえて問はなかつた。しかしいくばくもなく罷免ひめんせられた。しかるに數月すうげつにして、京師けいし抱鼓ほうこよもに起り、冀州きしゅう、盗賊横行するに至つたので、帝はしょうこうを思ひ、使者をして家にいてこれをさしめた。しょうすなわ使者したがつて公車こうしゃり、みやこに到つて帝にえっす。帝引見いんけんして、冀州きしゅう刺史し しはいす。しょう、日夜でんじょうじてにいたり、たちまちにして盗賊はことごと屛息へいそくしたといふ、この故事をおおせられたものである。

【大意謹述】ちんおろかなる身をもつて、うやうやしく天子の位にのぼり、國家の母として民に臨み、あまねく人民を子の如くにいつくしみ治め、且つ朕を輔佐ほ さしてくれる賢くして善良な臣下と共に、よく民をおしへさとして、末長くわが皇統こうとうの基礎をかため、民を安心させねばならぬと、つねに念願してつた。しかるに意外にも、朕の側にはべる近臣のうち、心よからぬ一味のものが、ひそかに道ならぬ野望をいだき、惡人同志たがい氣脈きみゃくを通じ、つひにむほんを起すに至つた。しかし幸ひにして、神靈しんれいの加護と、わが祖宗そそう御稜威み い づとによつて、まもなく賊徒ぞくとのこらず平定されるに至つた。思ふにこれ等の一味は、逆賊ぎゃくぞくやからである。よく彼等の事情をしらべ知つて、ひそかに考へるに、自らやすんぜざるものがある。そこで彼等は、深きあやまちを犯して、大きな罪をつくつたのではあるが、特に寬大に扱ひ輕い刑罰を加へるにとどめ、彼等をして平然たる心持ちで、誰にもおそるるところなく、そのむほん心を反省させるやうにするであらう。聞くところによれば、多くのつかさつかさが官位にあつても、なほ且つうれへおそれることがあるといふ。よろしく朕のこの考へを彼等に知らしめて、うたがひの心をもたせないやうにせよ。

 むかし支那し な張敞ちょうしょうは、一たび宣帝せんていのために貶黜しりぞけられたが、のちてい使者に迎へられ、公車こうしゃつて都にかえり再び善政ぜんせいいたために、たちまちにして冀州きしゅうには盗賊が屛息へいそくしたといふし、また南匈奴きょうど安國あんこく單于ぜんうも刑罰を許されて、再び靑組せいそをまとつて官位に就き、善政を行つたといふことである。これ等はいづれも、前の過つた心を洗ひ淸め、よく節操せっそうをまもり、まごころから忠義をつくしたものであつて、彼等の美くしい行爲こういは、末ながく歷史の上に光りかがやいて居る。今日こんにち國家をうれふるほどの志士し しであつたならば、どうしてこれら昔の賢人けんじん行爲こういに感謝せずに居られるだらうか。あやまちを改め、けがれをはらひきよめ、生れかはつたやうに己を新たにしたならば、ちやうど玉のきずが玉の光りをおほひかくさないのと同じやうに、前にあやまちがあつたからとて、その人の人間としての價値か ちには少しのかわりもない。要はすぐれた才能のある人を、適所てきしょげ用ゐて充分にその技能を振はしめんとするところにあり、かくて國家を泰山たいざんやすきに置かんと欲する次第である。諸役人はよろしくこの言葉にかんがみ、日夜おこたるところなく、それぞれその職務に勉勵べんれいせねばならぬ。

【備考】このみことのりはゆる『橘奈良麻呂たちばなのならまろらん』直後の天平寶字ほうじ二年正月、特に奈良麻呂一味の賊徒ぞくと寬典かんてんあたへられ、あわせて百りょうさとしたまへるものとはいすべきであらう。『橘奈良麻呂の亂』は歷史的事件としてはさほど大きな事件ではなかつたが、事件の性質からいへば、相當そうとうに注目さるべきものであつた。何となればそれはたんなる藤原ふじはら仲麻呂なかまろ橘奈良麻呂との勢力あらそひといふ以外に、◯◯にたいする企圖き とはかられてゐたからである。すなわ奈良麻呂と行動を共にせる備前びぜん前守さきのかみ小野お の東人あずまびと白狀はくじょう

『前月、會議かいぎすることおよそ三、天地四方をはいし、ともに鹽汁しおしるを飲みて誓ひていわく、七月二日の夜を以て事を起し、兵を以て內相ないしょう(藤原仲麻呂のこと)の宅をかこみてこれを殺し、すなわ大殿おおどのかこみ、◯◯◯・◯◯◯◯◯◯、鈐璽きんじを取りて右大臣(藤原豐成、仲麻呂の兄)をしゅうれいし、しかる◯◯◯◯◯◯◯◯◯、◯◯のうちえらびて立てん』

とあるによつて知るべきである。しかるにかか凶徒きょうとたいして『過咎かきゅう改滌かいてきし、己を勉めて新にせばおおはず』とおおせられ、海の如き御襟度ごきんどをお示しになつて居ることは、深くあじわふべきである。また『深愆しんけんを犯すといえども、微貶びへんを加へ』と仰せられて居るのが、橘奈良麻呂等を指すか否かは尙ほ研究の餘地よ ちはあるが、果してしかりとすれば、それは國史上こくしじょう注目されねばならぬことである。何となれば、奈良麻呂處分しょぶんについては史上に明記なく、今日こんにちいまだその眞相しんそうが知られてゐないからである。靑木あおき武助ぶすけ氏の「大日本歷史集成」(第一卷)は、これについて

 また諸司及び京畿けいき百姓ひゃくせい村長むらおさ以上の奈良麻呂くみせる者をうつして出羽で わ柵戸き へに配し、みことのりして鹽燒王しおやきおうなだめ給ふ。ただし最も不思議なるは、奈良麻呂如何い かなる處分しょぶんを受けしか、史上に明記なきことれなり。(四七九頁、圏點著者)

と記し、また佐藤さとう種治たねじ氏の「最新日本歷史辭典じてん」は

 奈良麻呂惠美押勝えみのおしかつ(藤原仲麻呂のこと)をにくんで、廢太子はいたいし道祖王ふなどのおう小野東人おのあずまびととこれを除かうとして、ことあらはれてちゅうせられた。(四四六頁、圏點著者)

と記して居るによつて知るべきである。したがつて本詔ほんしょうのいはゆる『深愆しんけんを犯すといえども、微貶びへんを加へ』とあるのが果して橘奈良麻呂たいするお言葉とすれば、それは從來じゅうらい不明とされし歷史に、一の新らしき史實しじつを提供したものといふべきであらう。