44 墾田を山階寺施藥院に施すの勅 孝謙天皇(第四十六代)

墾田こんでん山階寺やましなでら施藥院せやくいんほどこすのみことのり天平寶字元年十二月 續日本紀

普爲救養疾病及貧乏之徒。以越前國墾田一百町。永施山階寺施藥院。伏願。因此善業。朕與衆生。三檀福田窮於來際。十身藥樹。蔭於塵區。永滅病苦之憂。共保延壽之樂。遂契眞妙之深理。自證圓滿之妙身。

【謹譯】あまね疾病しっぺいおよ貧乏びんぼう救養きゅうようせんがために、越前國えちぜんのくに墾田こんでん一百ちょうもって、なが山階寺やましなでら施藥院せやくいんほどこす。してねがわくば、善業ぜんぎょうり、ちん衆生しゅじょうと、ともに三だん福田ふくでん來際らいさいきわめ、十身じっしん藥樹やくじゅ塵區じんくおおひ、なが病苦びょうくうれいめっし、とも延壽えんじゅたのしみたもち、つい眞妙しんみょう深理じんりかなひ、みずか圓滿えんまん妙身みょうじんしょうせんことを。

【字句謹解】◯普く 及ばぬくまなく ◯救養 すくひやしなふ、救濟きゅうさい ◯墾田 はりた。あらたに開墾かいこんせる田 ◯山階寺 また山科寺やましなでらとも作り後の興福寺こうふくじのこと。もと山背國やましろのくに宇治郡うじごおり山科村やましなむら大字おおあざ東野あずまの三宮さんのみやほとりつたが、藤原ふじはら不比等ふ ひ と、これを大和の地(現今の奈良市奈良町登大路)に移す。この寺は藤原氏氏寺うじでらであつた ◯施藥院 孤獨こどく・病者・棄兒すてご等を收容して、救恤きゅうじゅつせしところ。聖武しょうむ天皇天平二年、光明こうみょう皇后の創設せられしもの ◯施す めぐみあたへる ◯善業 佛語ぶつごで、應報おうほうるためのよき所行しょぎょう ◯衆生 世間一切の生物、世上一切の人類をいふ。法華經ほけきょうに『一切』とあり ◯三檀の福田 だん梵語ぼんご檀那ダン Dana の略で布施ふ せやくす。すなわち三だんとはをいふ。智度ち どろんの十四に『種。一者財施。二者法施。三者無畏施也』とある。この三だんをもつて六せっす。次にとは、無上むじょう功德くどくをうゑたつる對象たいしょうで、これに敬田けいでん恩田おんでん悲田ひでんの三種がある。三ぽうとくを敬ふを敬田けいでんといひ、君父くんぷの恩に報ゆるを恩田おんでんといひ、貧者ひんじゃあわれむを悲田ひでんといふ ◯來際 未來際みらいさいをいふ、未来世みらいせ邊際へんざいのこと。未來には邊際へんざいはないが、かりにあると見てといふ。じん未來際みらいさいとは、法の永きことを示すために未來際みらいさい假說かせつするのである。心地しんじ觀經かんぎょうの四に『當證無上菩提果、常不滅、能度衆生作歸依』とあり ◯十身 華嚴經けごんぎょうは二種の十身じっしんいて居る。すなわち一を『ゆう世間せけん十身じっしん』といひ二を『佛具ぶつぐの十しん』といふ。ゆう世間せけん十身じっしんとは衆生しゅじょうしん國土身こくどしん業報身ごうほうしん聲聞身しょうもんしん緣覺身えんがくしん菩薩身ぼさつしん如來身にょらいしん智身ちしん法身ほっしん虛空身こくうしんをいひ、次に佛具ぶつぐ十身じっしんとは前のゆう世間せけん十身じっしんちゅうの上に於て十身じっしんを立つるので、すなわ無著佛むちゃくぶつ願佛がんぶつ業報佛ごうほうぶつ住持佛じゅうじぶつ涅槃佛ねはんぶつ法界佛ほうかいぶつ心佛しんぶつ三昧佛さんまいぶつ性佛しょうぶつ如意佛にょいぶつをいふ。すなわ十身じっしんとは、菩薩ぼさつがもろもろの衆生しゅじょうしんを知り、その所業しょぎょうにしたがつて權化ごんげするといふ十ようしんをいふのである ◯塵區 塵界じんかいに同じくけがれた世。俗世界ぞくせかい塵世じんせの意 ◯延壽 ながいきすること ◯眞妙の深理 まことに不可思議な深き道理。佛教ぶっきょう妙理みょうりの意 ◯圓滿の妙身 けたところのない十分足りそろつたたえなるしんみょうは物事の到達する善美ぜんび完全かんぜん極致きょくちをいふ。

【大意謹述】あまねくやまいや貧乏に苦しむものを、すくひ養ふために、越前の國の墾田こんでん一百ちょう山階寺やましなでら施藥院せやくいんに永久にほどこあたへることとする。そしてこのよき所行しょぎょうによつて、ちん國民た みもともに財施ざいせ法施ほうせ無畏施む い せだん福田ふくでん未來際みらいさいをきはめ知り、また菩薩ぼさつ權化ごんげたる十身じっしん藥樹やくじゅは、法の光りを以てこのけがれたちりの世をおほひきよめ、ながく病苦びょうくのうれひがなくなり、朕も國民た みもともになが生きすることが出來て、深くたえなる佛法ぶっぽう妙理みょうりにかなひけたところのない圓滿えんまん無碍む げ妙身みょうしんとなることが出來るやうに、佛天ぶってん加護か ごをお祈りする次第である。