43 行旅の病人を恤養するの勅 孝謙天皇(第四十六代)

行旅こうりょ病人びょうにん恤養じゅつようするのみことのり天平寶字元年十月 續日本紀

如聞。諸國庸調脚夫。事畢歸郷。路遠粮絕。又行旅病人。無親恤養。欲免飢死。餬口假生。並辛苦途中。遂横斃。朕念乎此。深增憫矜。宜仰京國官司。量給粮食醫藥。勤加撿校。令達本郷。若有官人怠緩不行者。科違勅罪。

【謹譯】くならく、諸國しょこくよう調ちょう脚夫きゃくふことおわりてきょうかえるに、みちとおくしてかてえ、また行旅こうりょ病人びょうにんしたし恤養じゅつようすることなく、飢死き しまぬがれんとほっして、くちせいり、ならび途中とちゅう辛苦しんくして、つい横斃おうへいいたすと。ちんれをおもひて、ふか憫矜びんきょうす。よろしく京國けいこく官司かんしおおせ、粮食りょうしょく醫藥いやくはかきゅうし、つとめて撿校けんこうくわへ、本郷ふるさとたっせしむべし。官人かんじん怠緩たいかんしておこなはざるものあらば、違勅いちょくつみせよ。

【字句謹解】◯ みつぎ、つき。正丁せいていせられし夫役ぶやくの代りとして、その日數にっすうおうじて、規定の布帛ふはくまたは米榖べいこくを納めしめしもの、詳しくは〔註一〕をみよ ◯調 みつぎ。正丁せいていおのおの一人より、その土地の狀況じょうきょうしたがつて、定規の布帛ふはくそののものをかみに納めしめしもの、詳しくは第二十の〔註二〕を參照せよ ◯脚夫 よう調ちょうなどを運ぶ人夫にんぷ ◯ かて、食糧しょくりょう食物しょくもつ ◯行旅 たびをする。又たびびと ◯恤養 あはれみやしなふ、いつくしみやしなふこと ◯飢死 うゑじに、かつゑじに ◯口を餬す はかゆをたべること、すなわ ◯生を假る やまひが全快して長く生きるのではなく、姑息こそくな手段によつて一時いのちを保つ意 ◯横斃 むごたらしい死、非命ひめいの死。横死おうし變死へんしに同じ ◯憫矜 びんきょうもともにあはれむ。いたみあはれむこと ◯京國 京師けいしと諸國。みやこと諸國 ◯官司 つかさびと、役人、官吏かんり ◯撿校 檢校けんこうとも作る、しらべあらためる。又その役をいふ ◯本郷 ふるさと。生れ故郷 ◯官人 官吏かんり、役人 ◯怠緩 おこたりなまける ◯違勅の罪 勅命みことのりにそむきし罪 ◯科す とがをあてる、處罰しょばつすること。

〔註一〕 大寶令たいほうりょうによるみつぎの一。正丁せいていしたる夫役ぶやくの代りとして、その日數にっすうおうじて規定の布帛ふはくまたは米榖べいこくを納めしめしものをいふ。すなわりょうによれば、正丁一人につき一年に十日づつ公事く じやくするを以て定制じょうせいとし、もしやくに服しない時は、布二じょうしゃくを出さしめた。一日二尺六すんの割合であつたが、これは必ずしも布とは限らず、その郷土の特產物を以てゆることが出來た。もしまた一年に三十日間、公役くやくに服したものは調ちょうともに免ぜられ、やくに就ける日數にっすうが少い時は、日數を折算せっさんして殘額ざんがくだけの調ちょうようを納めしめた(但し正役を通じて、一人一年に四十日以上に過ぐるを得ず)。次丁じていは二人にて正丁一人分のやく(卽ち布ならば一丈三尺を納む)に服し、全國の中男ちゅうなんように服せず、京師けいしおよび畿內きない地方では、正丁もこれを免ぜられる規定であつた。

【大意謹述】聞くところによれば、諸國のよう調ちょうを運搬する人夫にんぷたちが、役目を終つて郷里きょうりかえらうとするに際し、途中で食物しょくもつがなくなつて困り苦しみ、また旅人たびびとが途中で病氣になつても養生ようじょう手當てあてをすることができず、かつゑにをまぬかれるために、かゆをすすつてわづかに一命をながらへてはゐるが、やがてむごたらしい非命ひめいの死をげるものが多いといふことである。これを聞くたびに、ちんはふかくいたみあはれまずにはれない。それで今後は京師けいしや諸國の役人に命じて、これ等の脚夫きゃくふや旅の病人たちに、應分おうぶん食物しょくもつ醫藥いやくをそれぞれ支給し、ほよく事情をしらべて充分の保護を加へ、安心して各自が故郷こきょうかえることの出來るやうに取りはからつてやれ。もし役人がおこたりなまけて、これを行はなかつたならば、そのものを違勅いちょくつみを以て處斷しょだんせよ。