42 大學寮等に公廨田を置くの勅 孝謙天皇(第四十六代)

大學寮だいがくりょうとう公廨田くげでんくのみことのり天平寶字元年八月 續日本紀

安上治民莫善於禮。移風易俗莫善於樂。禮樂所興。惟在二寮。門徒所苦。但衣與食。亦是天文陰陽曆算醫針等學。國家所要。並置公廨之田。應用諸生供給。其大學寮三十町。雅樂寮十町。陰陽寮十町。內藥司八町。典藥寮十町。

【謹譯】かみやすんじ、たみおさむるは、れいよりきはなし。ふううつぞくふるは、がくよりきはなし。禮樂れいがくおこところは、だ二りょうにあり。門徒もんとくるしむところは、ただころもしょくとなり。天文てんもん陰陽おんよう曆算れきさん醫針いしんとうがくは、國家こっかようするところなり。ならび公廨く げでんき、まさ諸生しょせい供給きょうきゅうもちふべし。大學寮だいがくりょうは三十ちょう雅樂寮ががくりょうは十町、陰陽寮おんようりょうは十町、內藥司ないやくしは八町、典藥寮てんやくりょうは十町にせよ。

【字句謹解】◯ 天子の尊稱そんしょう ◯ 五じょうの一にして、人々の履行りこうすべき敬意にもとづきたる行爲こうい上の品節ひんせつ禮儀れいぎ淳仁じゅんにん天皇みことのりに『かみつかへてちゅうつくし、しもしてなさけあるをとなす』とあり。(第五十の備考欄を參照せよ) ◯風を移し俗を易ふ わるいならはしや、しきたりをめ改めてよくすること。禮記らいきの語、すなわ禮記らいき樂器がっきへんに『、天下皆寧』とあり ◯ 音樂おんがく ◯二寮 大寶令たいほうりょうによる大學だいがく寮と雅樂ががく寮とを指す ◯門徒 門下の學徒がくと、弟子、學生 ◯衣と食 きることとくふこと、又きものとくひものと。てんじてくらし、生計の意 ◯天文 そらのあや。日月じつげつ星辰せいしん等のつならりならぶ工合ぐあいすなわ天體てんたいの現象をいふ。天文學は當時とうじ陰陽おんよう寮の一ぞくし、天文および氣象きしょうかんすることを研究せるがく ◯陰陽 天地の間にあつて、萬物ばんぶつを作り出す二つの元來がんらいえき』の言葉で、天地の元氣いまだ判剖はんぼうせざるものをといひ、その太極たいきょくの分れたるあい反對はんたいの性能をもつニようを一をといひとよび、萬物ばんぶつ化育かいくは、要するにこの二消長しょうちょうによるものとした。例へば日は陽にして月は陰、火は陽水は陰、男は陽女は陰、南は陽北は陰、春は陽秋は陰といふ如きである ◯曆算 はこよみ、としつき、よはひ。日月じつげつ星辰せいしんの運行を推算すいさんして季節時令を定める法。またそれによつて定めた季節時令を記錄きろくしたもの。年代、運命。はかずとり、けいさん、かんぢやう、算術、數學すうがく。又うらなひ、卜筮ぼくぜいをいふ ◯醫針 はやまひを治療すること、醫術いじゅつはうちばり、てんじてうちばりを人身の患部に刺し、筋肉を和らげ血行を盛んにしてやまひを治療する鍼術しんじゅつをいふ ◯公廨田 人民の困窮こんきゅうをすくふために太宰帥だざいのそつ・諸國司こくし以下に官職の等差にしたがつて支給されし職分田しょくぶんでん。詳しくは第四十八の〔註二〕をみよ ◯供給 あてがひわたす。物をそなへて用をたす ◯大學寮 〔註一〕をみよ ◯ 地積ちせき單位たんい、十たんすなわち三千をいふ ◯雅樂寮 〔註二〕をみよ ◯陰陽寮 〔註三〕をみよ ◯内藥司 〔註四〕をみよ ◯典藥寮 〔註五〕をみよ。

〔註一〕大學寮 大寶令たいほうりょうによれば、式部省しきぶしょう被管ひかん(上官に附屬直隷する官・省の下に管せらるる寮・司などを被管といふ)にぞくし、ここにかみすけ大允たいいん少允しょういん大屬たいぞく少屬しょうぞくなどの官吏かんりと、各分科ぶんかの敎授・助敎授に相當そうとうする敎官きょうかんとを置き、紀傳きでん明經めいきょう明法めいほう算道さんどうの四科を敎授し、兼ねてその學にかんする事務をつかさどつた。ほ學生は、五以上の人の子孫および東・西史部ふひとべの子にして、とし十三以上十六以下にして聰明そうめいなるものを採り、初位しょい及び庶人しょにんの子は決して採用しなかつた。

〔註二〕雅樂寮 うたまひのつかさ、又はうたれうともふ。治部省じぶしょうに屬し、文武ぶんぶ雅曲がきょく正儛せいぶ雜樂ぞうがくなどを作つて、男女雅人うたびとおよび音聲人おんしょうびと名帳めいちょうを製して、これを試練しれんすることをつかさどつた。頭・助・大允・少允・大屬・少屬などの官吏かんりほかに、ほ種々の音樂・舞踏にかんする敎習組織があつた。

〔註三〕陰陽寮 おんやうれう、又はおんやうのつかさとも云ふ。中務省なかつかさしょうの被管に屬し、天文・曆數れきすうなどにかんすることを司どり、頭・助・允・大屬・少屬等の官吏の外に陰陽學おんようがく曆學れきがく・天文學などを敎授する敎官があり、ほ右に關する一般の事務を管掌かんしょうした。

〔註四〕內藥司 ないやくし、又はうちのくすりのつかさとも云ふ。中務省なかつかさしょうの被管にして、宮中の醫藥いやくかんすることを司どつた。

〔註五〕典藥寮 宮內省くないしょうの被管にして、宮中の醫藥いやくかんすること、および藥園やくえんつかさどつたところで、頭・助・允・大屬・少屬などの官吏の外に、醫學いがく針術しんじゅつ按摩術あんまじゅつ呪禁じゅきん藥學やくがく等の敎育機關きかんがあり、ほ右に關する一般の事務を管掌かんしょうした。

【大意謹述】かみを安心させ、民を治むるには、禮儀れいぎを正しくすることが第一である。また惡いならはしや、しきたりをめ改めてよくするには、音樂おんがくほど效果こうかのあるものはない。そして禮儀れいぎ音樂おんがくとを盛んにするのは、もっぱ大學だいがく寮と雅樂ががく寮の務めである。しかるに今みるに、これ等の學問を勉强する生徒たちは、衣食にきゅうし、生活に困つて居る。また天文學や、陰陽おんようの學や、曆法れきほう算術さんじゅつや、醫術いじゅつ針術しんじゅつ等の諸學問も、おおいに國家の必要とする學問である。それで、これ等の學問を修める生徒たちが、安心して勉强の出來るやうに、各寮にそれぞれ公廨く げでんを置き、必要におうじて諸生徒に、支給するやうにせよ。その公廨く げでんひろさは大學寮は三十町雅樂寮は十町歩、陰陽寮は十町歩、內藥司ないやくしは八町歩、典藥てんやく寮は十町歩といふことにせよ。