41 恩赦賑恤の勅 孝謙天皇(第四十六代)

恩赦おんしゃ賑恤しんじゅつみことのり天平勝寶七歳十月 續日本紀

比日之間。太上天皇。枕席不安。寢膳乖宜。朕竊念茲。情深惻隱。其救病之方唯在施惠。延命之要。莫若濟苦。宜大赦天下。其犯八虐。故殺人。私鑄錢。强盗。竊盗。常赦所不免者不在赦例。但入死罪者減一等。鰥寡惸獨。貧窮老疾。不能自存者。量加賑恤。兼給湯藥。又始自今日至來十二月晦日。禁斷殺生。

【謹譯】比日ひじつかん太上だじょう天皇てんのう枕席ちんせきやすからず、寢膳しんぜんよろしきにそむく。ちんひそかにここおもひ、こころふか惻隱そくいんす。救病きゅうびょうほうは、めぐみほどこすにり。延命えんめいようくるしみすくふにくはなし。よろしく天下てんか大赦たいしゃすべし。の八ぎゃくおかすもの、殺人さつじん私鑄錢しちゅうせん强盗ごうとう竊盗せっとう常赦じょうしゃゆるさざるところものは、しゃれいらず。ただ死罪しざいものは、一とうげんぜよ。鰥寡かんか惸獨けいどく貧窮ひんきゅう老疾ろうしつにして、自存じそんすることあたはざるものは、はかりて賑恤しんじゅつくわへ、かね湯藥とうやくきゅうせよ。また今日こんにちよりはじめて、きたる十二がつ晦日みそかいたるまで、殺生せっしょう禁斷きんだんせよ。

【字句謹解】◯比日 ひごと、まいにちの意。北史ほくし元行恭傳げんぎょうきょうでんに『小兒微有所知、是大弟之力』とあり ◯太上天皇 おりゐのみかど、天皇御讓位ごじょういあらせられし以後の尊號そんごう太上皇だじょうこうに同じ。ここでは聖武しょうむ天皇を申す ◯枕席 まくらとしきもの、てんじてねどこ又はることをふが『枕席ちんせきやすからず』はやまひあつき意 ◯寢膳 ねることと、食事することと。寢食しんしょくに同じ ◯ こころ、まごころから ◯惻隱 あはれみいたむ、いたはしく思ふ ◯救病の方 やまひをすくふてだて。はのり、しかた、方法の意 ◯延命の要 ながいきに必要なこと。はかなめ、かんじんの意 ◯大赦 天子が卽位そくい慶事けいじ大喪たいそうまたは祈願きがん等のために、恩德おんとくを一般罪人にれさせられ、赦免しゃめんあるいは減刑の恩典おんてんを下されることで、しゃの一つ ◯八虐 八つの大罪だいざいすなわ謀反ぼうはん謀大逆ぼうだいぎゃく謀叛ぼうはん惡逆あくぎゃく不道ふどう大不敬だいふけい不孝ふこう不義ふ ぎをいふ。八ぎゃくともいふ。その罪科ざいか謀反ぼうはん謀大逆ぼうだいぎゃく惡逆あくぎゃく斬罪ざんざい謀叛ぼうはん絞罪こうざい不道ふどう大不敬だいふけい不義ふ ぎ斬罪ざんざい以下徒罪とざい以上、不孝ふこうは絞罪以下徒罪以上にしょせらるる定めで、八虐罪ぎゃくざいを犯せるものは、常赦じょうしゃ(赦には常赦・大赦・非常赦の別あり)にふも恩典おんてんよくするを得ず。大赦たいしゃまたは非常赦ひじょうしゃでなければゆるされず。官吏かんりにして、もし八ぎゃくを犯せる場合には、づ除名してのち、これを科する定めであつた ◯故殺人 故意をもつて人を殺すこと、謀殺ぼうさつ過殺かさつ等のたい ◯私鑄錢 かん公許こうきょなくして、ひそかにぜに鑄造ちゅうぞうすること ◯强盗 兇器きょうきまたは暴力をもつて人をおびやかし、あるい傷害しょうがいして、他人の財物ざいぶつ强奪ごうだつすること ◯竊盗 强盗ごうとうたいして、ひそかに他人の財物をぬすみとること ◯常赦 中古以後におけるしゃの一で、八ぎゃく故殺こさつ謀殺ぼうさつ私鑄錢しちゅうせん强盗ごうとう竊盗せっとうなど大罪だいざいを除き、死罪以下をゆるせししゃしゃには常赦じょうしゃ大赦たいしゃ非常赦ひじょうしゃの三があつた ◯赦の例 赦免しゃめんすべき例 ◯死罪 犯罪人の生命をつ刑罰、すなわち死刑・絞罪こうざい斬罪ざんざい ◯一等 とうはだん・級・階の意、すなわち一級・一段階 ◯鰥寡惸獨 かんおとこやもめ、妻を得ぬ男、妻をうしなつた男。はやもめ、夫のない年とつた女すなわ寡婦か ふけいはひとりもの、兄弟の無いもの。どくは相手がないこと、ただ一人であること、孤獨こどく ◯貧窮 まづしくて難儀なんぎする ◯老疾 老いてやまひあるをいふ ◯自存 ひとりだち、自分の自力で生活してゆくこと ◯量る はかり考へる、調べ考へる ◯賑恤 にぎはしめぐむ、たすけほどこすこと ◯湯藥 せんじぐすり。ゆで煮出して用ゐるくすり湯劑とうざい ◯晦日 みそか、つごもり、月の盡日じんじつ ◯殺生 いきものを殺す、生あるものを殺すこと、すなわちょうじゅうぎょかい狩獵しゅりょう捕獲をいふ ◯禁斷 きびしくさしとめる、禁制きんせいに同じ。

【大意謹述】先日らい太上だじょう天皇(聖武帝)おん不例いたづきにわたらせられ、ちん心痛しんつうは一通りではない。思ふに太上皇おりいのみかどのおんいたづきを治しまゐらせ、御命おんいのちをながらへたてまつるための方法としては、民にめぐみをほどこして、くるしみを救ふことが最もよい方法であらう。それで天下に大赦たいしゃして、民の苦みを救ふであらう。しかし八ぎゃく大罪だいざいを犯したものと、故殺人こさつじん私鑄錢しちゅうせん强盗ごうとう竊盗せっとうおよび常赦じょうしゃのゆるさない犯罪人にたいしては、赦免しゃめんすべきものではない。ただし死罪にあたるものにたいしては、特に一等を減じて死罪をまぬがれさせるやうにせよ。また年老いて獨身どくしんのもの、みよりなく、あはれなもの、貧乏で難儀なんぎするもの、老年にして病に苦むもの、あるいは何かの故障のためにひとりだちでは生活してゆけないものなどのためには、それぞれ調べ考へて、これをにぎはしめぐみ、病人にたいしては、適宜てきぎくすりあたへるやうにせよ。また今日きょうから始めて、きたる十二月晦日みそかまでは、一切の殺生せっしょうをさしとめ、ちょうじゅうぎょかい等の狩獵しゅりょう捕獲を禁ずるやうにせよ。

【備考】本勅ほんちょく御下賜ご か し年號ねんごうは、ことな天平てんぴょう勝寶しょうほうとなつて居るが、これは歷史的にみて、特に注意を要することである。すなわ孝謙こうけん天皇は、天平勝寶七さい正月のみことのりにおいて

 思ふところ有るめ、よろしく天平勝寶七年を改めて、天平勝寶七歲とすべし

おおせられ、と改められたが、同九八月十日、更に改元して天平寶字ほうじ元年となし給うた。ねんと呼んだのは、わが歷史上わづかにこの二年八ヶ月間に限ることで、これは日本歷史上全く空前くうぜん絕後ぜつごのことであつた。そうじて孝謙こうけん淳仁じゅんにん稱德しょうとく三代の間には、前代未聞、空前絕後の改革が多かつたが、いづれも一時的のことで、後例となつたものはほとんどなかつた。