38 國司を戒飭するの詔 聖武天皇(第四十五代)

國司こくし戒飭かいちょくするのみことのり天平九年九月 續日本紀

如聞。臣家之稻貯蓄諸國。出擧百姓。求利交關。無知愚民。不顧後害。迷安乞食。忘此農務。遂逼乏困。逃亡他所。父子流離。夫婦相失。百姓弊窮。因斯彌甚。實是國司敎喩。乖方之所致也。朕甚愍焉。濟民之道。豈合如此。自今以後。悉皆禁斷。催課百姓。一赴產業。必使不失地宜。人阜家賑。如有違者。以違勅論。其物沒官。國郡官人。卽解見任。

【謹譯】くならく、臣家しんかいねは、諸國しょこく貯蓄ちょちくし、百姓ひゃくせい出擧すいこし、もとめて交關こうかんす。無知む ち愚民ぐみん後害こうがいかえりみず、やすきまようてしょくひ、農務のうむわすれて、つい乏困ぼうこんせまり、他所たしょ逃亡とうぼうし、父子ふ し流離りゅうりし、夫婦ふうふあいうしなひ、百姓ひゃくせい弊窮へいきゅうすること、これつていよいよはなはだしと。じつ國司こくし敎喩きょうゆほうそむくのいたところなり。ちんはなはだこれをあわれむ。濟民さいみんみちかくごとくなるべけんや。いまより以後い ごことごとみな禁斷きんだんす。百姓ひゃくせい催課さいかして、一に產業なりわいおもむかならよろしきをうしなはずして、ひとびとさかんいえゆたかならしめよ。たがものあらば、違勅いちょくもっろんじ、もの沒官ぼっかんし、國郡こくぐん官人かんじんは、すなわ見任けんにんかむ。

【字句謹解】◯臣家 しんきみつかふるもの、仕官しかんせるもの、けらい、おみ。すなわ臣家しんかとは仕官せるもの、役人、官吏かんりの家の意 ◯出擧 官府かんぷまたは私人しじん稻榖とうこく財貨ざいかを貸し出して、これに利息をして納めしめること ◯交關 交易・交換に同じ。やりとり、とりかへつこすること ◯後害 のちのわざはひ、後患こうかん後難こうなんに同じ ◯安きに迷うて食を乞ふ 正業せいぎょうを怠り、目前の安逸あんいつをむさぼり、自らろうせずして人のほどこしを願ひ求むる意 ◯乏困 まづしくて困る、貧乏して難儀すること ◯逃亡 にげうせる、郷里きょうりに居ることができなくなつて、他所たしょ出奔しゅっぽんすること ◯流儀 水に流れただよふやうに、あてどもなくさすらふ。すなわたがい居所きょしょを失ひ、四さんして諸所しょしょにさまよふこと ◯夫婦相失ひ 夫婦が互に愛を失つて和せず、つひにその契りをち、わかれわかれになつて見失つてしまふこと ◯弊窮 つかれくるしむ、疲弊ひへいして困窮こんきゅうする意 ◯ いよいよ、ますます、その上にの意 ◯國司 大寶令たいほうりょうによる地方官名、かみすけじょうもく等の職員あり、詳しくは第二十一の〔註一〕國司の項をみよ ◯敎喩 をしへさとす、に同じ ◯方に乖く ほうは正しくせつにかなふこと。すなわほう四角でかねあたつてゐる義から、てんじて正しい、きちんとした意に用ひられる。義にあたりて正しく、せつかなつてよろしき意。そむくはそむく・そむくに同じ、たがふ、もとること ◯愍む あはれむ、いたみかなしむ、ふびんに思ひなさけをかける、ここではいたみ悲しみ遺憾いかんに思ふ意 ◯濟民の道 人民の難儀をたすけすくふやりかた、さいは救ふ意。易經えききょう繋辭傳けいじでんに『天下』とあり ◯悉く みな、ありつたけ、すべて ◯禁斷す きんはとどむ、さしとめる(制止)。してはいけないとせいしいましむ。だんはことわる、謝絕しゃぜつする、きめる、さだめる、決定する。すなわちさしとめること ◯催課 さいはうながしせきたてる、せまる。はわりあてる。すなわ各人かくじんにそれぞれ仕事をわりあてて、それをするやうにうながしせきたてること ◯ さかん、盛んの意。ゆたかなること、殷阜いんぷ昌阜しょうふの意 ◯賑か ゆたかに同じ、にぎはひむ。繁昌はんじょうする、富裕ふゆうの意 ◯違勅 勅命ちょくめいにたがふこと、天子のめいにそむく罪 ◯沒官 官府かんぷにて沒收ぼっしゅうする、おかみがとりあげてしまふこと ◯見任 けんげん本字ほんじ現任げんにんに同じ、すなわち現在任じられて居る官職。

【大意謹述】聞くところによれば、諸役人の中には國々にいね貯藏ちょぞうし、ざやをとつて人民にこれを貸し、あるいは高い利子をとつての物品と交換したりして居るものがあるとのことである。しかも民の中の愚なものたちは、あとのわざはひは思はず、ただ目の前の安樂あんらくを望んで、利子の高いのも考へず、これを借り求めて農業を怠り、だんだん貧乏して、しまひには故郷にもれなくなつて他國へ出奔しゅっぽんし、やがて親子も離ればなれとなり、夫婦も離別せねばならぬやうになるなど、このために民がますます疲弊ひへい困窮こんきゅうするといふことである。これは全く國司こくしのをしへさとし方が、そのよろしきを得ないからであつて、ちんはなはだこれをいたみ悲しみ遺憾いかんに思ふ。人民の難儀をたすけ救ふ道が、どうしてかやうなことでよからうか。今後は一切、諸役人のかかる行爲こういきびしくさしとめる。よろしく諸役人は今後、管下かんかの人民にそれぞれ仕事をわりあて、民がこれにせい出すやうに促し鞭撻べんたつして、ほ各自に土地の便宜べんぎをも充分によくあたへ利用せしめ、民をして生產のなりわいにいそしませ、かくて人々は富みさかえ、家々は繁昌はんじょうするやうにはげまし導かねばならぬ。今後、もしこれに違反するものがあれば、違勅いちょくの罪をもつてこれを處罰しょばつし、その物品は官において沒收ぼっしゅうし、國やこおりの役人は、ただちに現職を免ずるであらう。