37 田租を免ずるの詔 聖武天皇(第四十五代)

田租でんそめんずるのみことのり天平八年十月 續日本紀

如聞。比年太宰所管諸國公事稍繁。勞役不少。加以去冬疫瘡。男女惣困。農事有廢。五榖不饒。宜免今年田租令續民令。

【謹譯】くならく、比年このごろ太宰だざいかんするところ諸國しょこく公事く じややしげく、勞役ろうえきすくなからず。くわふるに、去冬きょとう疫瘡えきそうもって、男女だんじょそうじてくるしみ、農事のうじすたるあり、五こくゆたかならずと。よろしく今年こんねん田租でんそめんじ、民令みんれいつづけしむべし。

【字句謹解】◯比年 はころ・ころほひ。このとしごろ、すなわち近年の意。またまいに通じ、毎年まいねんの意もある ◯太宰 太宰府だざいふ長官か みたる太宰帥だざいのそつを指す。詳しくは〔註一〕を參照せよ ◯管する所の諸國 支配する國々、すべ治めるところの國々。すなわ太宰府管下の九國(筑前筑後肥前・肥後・豐前・豐後・日向・大隅・薩摩)および二島(壹岐・對馬)を指す ◯公事 おほやけのこと。かみのつとめ、公用 ◯勞役 かみの仕事に使はれて、骨をりはたらくこと。えきは人民を徵發ちょうはつして公用につかふこと、すなわの意 ◯疫瘡 えきはえやみ、はやりやまひ、流行病。そうはかさ、できもの、皮膚病の總稱そうしょうすなわ疫瘡えきそうは皮膚病の流行病で、おそらくここでは疱瘡ほうそう(てんねんとう)を指すものであらう ◯惣じて そうじてに同じ。すべて、みんな ◯五榖 生活に最も必要な五つのたなつもの、普通に米・むぎ・豆・きびあわをいひ、また麻・きびあわむぎ・豆等をもいひ、その他異說いせつあり ◯田租 調ちょうようたいすることばで、田畝でんぽの收穫物に賦課ぶ かされし租稅そぜい、ねんぐ。詳しくは第十九の〔註二〕口分田、及び第二十の〔註二〕調・租の項をみよ ◯民令 民に下したまわつたみことのり。恐らく天平七年八月に下されし『疫民えきみん賑給しんきゅうみことのり』を指されしものであらう。すなわち右のみことのりには『聞くならく、このごろ太宰府疫死者えきししゃ多しと。疫氣えきき救療きゅうりょうし以て民命みんめいすくはんと思ひ欲す。(中略)よっ使つかいつかわして疫民えきみん賑給しんきゅうし、ならび湯藥とうやくを加へしむ』とある。

〔註一〕太宰府 大寶令たいほうりょうによれば、太宰府は九國(今の九州)及び二島(壹岐・對馬)をかんし、西海さいかい要鎭ようちんである。普通の國司こくし職掌しょくしょうほかに、外國人の歸化き か饗宴きょうえん等のことをつかさどる。ただし九國・二島いづれもみな國守こくしゅを置き、太宰府はこれを總括そうかつ、監督するのである。府には(大貳・少貳)・(大監・少監)・(大典・少典)の四部官があつて、權帥ごんのそつ令外官りょうげのかん(大寶令に依らざる官をいふ、卽ち大寶令以後に制定されし官)である。以上の職員の上に更に主神しゅしんといふのがあり、祭祀さいしつかさどること、あたかも太政官たいする神祇官じんぎかん關係かんけい、また、大判事だいはんじ少判事しょうはんじがあつて訴訟を司どり、大令史だいりょうし小令史しょうりょうしは判決文の抄寫しょうしゃつかさどり、大工だいく小工しょうく城堭じょうこう舟擑しゅうしょう戎器じゅうき等の營作えいさくを司どつた。そのほか博士はかせ陰陽師おんようし醫師い し算師さんじ防人さきもりなどの職をも置いた。朝廷でははじめに三かんたいらげ、任那みまなふを立ててさいを置いたが、欽明きんめい天皇の時に、任那みまな新羅しらぎにほろぼされたから、を筑紫(現今福岡縣筑紫郡水城村の観音寺附近にその遺址あり)に置いて、これ太宰府と名づけ、海表かいひょうまつりごとを司どらせた。天平十四年藤原ふじはら廣嗣ひろつぐらんの時に府をはいし、翌十五年、筑紫鎭西府ちんぜいふを置き、十七年、再び太宰府を置いたが、その後隆替りゅうたいがあつて、鳥羽と ば天皇永久えいきゅう年中ねんじゅう藤原ふじはら賴兼よりかねが、太宰少貳だざいしょうにとなるに及び、その子孫世襲せしゅう職となつて、ついに官を以てうじとした。賴朝よりとも兵權へいけんるや、鎭西ちんぜい奉行ぶぎょうを置き、また九州探題たんだいを設けたが、探題たんだいはつひに代つて太宰府だざいふのそつの任にあたつた。

 太宰帥及び權帥 太宰帥だざいのそつは三ぼん・四ほんまたはじゅ相當そうとう官で、中古は多く親王しんのうがこの職に就かれた。のち仁明にんみょう天皇に至つて權帥ごんのそつを置き、納言なごん以上を以て之に任ぜられ、親王そつに任ぜらるる時は、權帥がもっぱら政務を執つた。權帥を設けて以後は、權帥を置けば大貳だいにを置かず、大貳だいにを置けば權帥を置かないさだめであつた。大臣、へんせらるる時は、員外いんげ權帥ごんのそつに任ぜらるるを常としたが、名義のみで府務ふ むも執らず、府にも入らなかつた。菅原すがはら道眞みちざね貶謫へんてきの如きは、最もその顯著けんちょな一例である。

【大意謹述】聞くところによると、このごろ、太宰府だざいふ管下かんかの諸國では、官の仕事のために人民の使役しえきされることが多く、民はえだちに苦しみ、その上、昨年(天平七年)の冬以來のはやりやまひのために、男も女もみな苦しみ困り、農業はすたれ五こくはみのらないといふことである。氣の毒な次第であるから、今年の田租でんそは免除して、さきに下した民令みんれいを更に繼續けいぞくして、この民の苦しみを除くやうにせよ。