36 國司に下し給へる勅 聖武天皇(第四十五代)

國司こくしくだたまへるみことのり天平七年閏十一月 續日本紀

朕選卿等任爲國司。奉遵條章僅有一兩人。而或人以虛事求聲譽。或人背公家向私業。因此。比年國內弊損百姓困乏。理不合然。自今以後。勤恪奉法者褒賞之。懈怠無狀者貶黜之。宜知斯意各自努力。

【謹譯】ちん卿等けいらえらび、にんじて國司こくしせり。條章じょうしょう奉遵ほうじゅんするものわずかに一兩人りょうにんあるのみ。しかして或人あるひと虛事きょじもっ聲譽せいよもとめ、或人あるひと公家こうけそむきて私業しぎょうむかふ。これつて、比年このごろ國內こくない弊損へいそんし、百姓ひゃくせい困乏こんぼうす。しかるべからず。いまより以後い ご勤恪きんかくにしてほうほうずるものこれ褒賞ほうしょうし、懈怠けたいにして無狀むじょうなるものこれ貶黜へんちゅつせん。よろしくりて、各々おのおのみずか努力どりょくすべし。

【字句謹解】◯ おんみ、きみ、きみ。天子が臣下を呼ばれるしょう ◯國司 大寶令たいほうりょうによる地方官。かみすけじょうもく等の職員があり、これ等は國の大小によつてその員數いんずうに差がある。詳しくは第二十一の〔註一〕國司の項をみよ ◯條章 おきて、箇條かじょうがきになつて居る規則をいふ ◯奉遵 したがひまもる、法令にしたがつて行ふこと。遵奉じゅんぽうに同じ ◯一兩人 一二にん。ひとりふたり ◯虛事 むなしきこと、そらごと、うそ。きょは外部だけで中味のないこと、すなわ事實じじつをかざつてみえをはり、うそをいふこと ◯聲譽 ほまれ、よい評判。名譽めいよ榮譽えいよに同じ ◯公家 朝廷、皇室。天皇御家柄おいえがら一族を申しあげる。公室こうしつともいふ ◯私業 一しんのわざ、私欲に出でた仕事。公業こうぎょうたいしていふ ◯比年 はころ・ころほひ。このとしごろ、近年の意。また比はまいに同じく、比年ひねんには毎年まいねんの意もある、頻年ひんねん比歳ひさいに同じ ◯弊損 つかれそこなふ。歳入が少く歳出が多く、國家が疲弊ひへいせるをいふ ◯百姓 もろもろのくにたみ、ひろく天下の一般人民をいふ ◯困乏 まづしくてこまること、貧乏のために難儀なんぎすること ◯ ことわり、ものごとのすぢみち。ここでは民を治めることわりの意で、政治や敎化きょうか等を意味する ◯勤恪 つとめつつしむ、かくはつつしむこと。恪勤かっきんに同じ ◯褒賞 ほめて物品をたまわること ◯懈怠 おこたりなまける、おろそかにする、怠惰たいだ ◯無狀 よいおこないがない、また功績がない意。漢書かんじょ賈誼か ぎでんに『自傷爲傳常哭泣歳餘』とある ◯貶黜 おとししりぞける、官位を下げて退けること、へんほうたいちゅつちょくたい

【大意謹述】ちんさきに御身等おんみらを選んで國司こくしに任じ、それぞれにんおもむかしめた。しかるによく規則を守り、職務に精勵せいれいしたものはわづかに一人・二人だけで、殘餘ざんよのものは、あるいはうそを言つて名譽めいよを求めたり、あるいは朝廷にそむいて自分一個の利益りえきをはかるためのわざに向つたりなどしたために、近年國家は疲弊ひへいし、人民は貧乏のために難儀なんぎをして居る。まことに不都合な次第で、今後は決して左樣さようなことがあつてはならぬ。今後はつつしみはげんでよく法令を守るものには、褒美ほうびあたへてこれを表彰し、おこたりなまけてよいおこないのないものは、遠慮なく官位を下げて退けるであらう。よく朕のこの心を知つて、今後各自は職務にはげまねばならぬ。