29 直言を求むるの詔 元正天皇(第四十四代)

直言ちょくげんもとむるのみことのり(養老五年二月 續日本紀

世諺云。歳在申年常有事故。此如所言。去庚申年。咎徵屢見。水旱並臻。平民流沒秋稼不登。國家騒然。萬姓苦勞。遂則朝庭儀表藤原大臣。奄焉薨逝。朕心哀慟。今亦去年灾異之餘延及今歳。亦猶風雲氣色有違于常。朕心恐懼。日夜不休。然聞之舊典。王者政令不便事。天地譴責以示咎徵。或有不善。則致之異。于今汝臣等位高任大。豈得不罄忠情乎。故有政令不便事。悉陳无諱。直言盡意。无有所隱。朕將親覽。

【謹譯】ことわざいわく、としさるるのとしは、つね事故じ こありと。ところごとし。庚申かのえさるとし咎徵きゅうちょうしばしばあらはれ、水旱すいかんならいたり、平民へいみん流沒りゅうぼつし、秋稼しゅうかみのらず、國家こっか騒然そうぜんとして、萬姓ばんせい苦勞くろうし、ついすなわ朝庭ちょうてい儀表ぎひょう藤原ふじはら大臣だいじん奄焉えんえんとして薨逝こうせいし、ちんこころ哀慟あいどうす。いま去年きょねん灾異さいいあまりいて今歳こんさいおよび、風雲ふううん氣色けしきつねたがふことあり。ちんこころ恐懼きょうくすること、日夜にちやまず。しかしてこれ舊典きゅうてんくに、王者おうしゃ政令せいれいこと便べんならざれば、天地てんち譴責けんせきしてもっ咎徵きゅうちょうしめすと。あるい不善ふぜんありて、すなわこれいたすか。いまなんじ臣等しんらくらいたかにんだいなり。忠情ちゅうじょうつくさざるをんや。ゆえ政令せいれいこと便べんならざることあらば、ことごとべてむことなく、直言ちょくげんしてつくし、かくところあることなかれ。ちんまさみずかんとす。

【字句謹解】◯事故 事件、異變いへん。かはりたること、さしさはり ◯庚申の年 かのえさるの年で養老ようろう四年、すなわちこのみことのりを下されし前年(皇紀一三八〇年)にあたる ◯咎徵 とがめのしるし ◯ しばしば。いくどもいくども、たびたび ◯水旱 洪水と旱魃かんばつ大雨たいうとひでりつづき ◯秋稼 穀類こくもつを植ゑること。とりいれをしょくといふにたいして、植ゑるをといふ。てんじて榖物の意、秋稼しゅうかは秋にとりいれる榖物 ◯登らず みのらずに同じ。よくみのらなかつた、不作・凶作であつた意 ◯騒然 世の中のさわがしきさま。不穩ふおんでさうざうしいこと ◯萬姓 百せいに同じ ◯朝庭 朝廷に同じ、大政の出づる所 ◯儀表 のり、てほん、又てほんになる人 ◯藤原大臣 右大臣藤原ふじはら不比等ふ ひ とを指す。詳しくは〔註一〕を見よ ◯奄焉として にはかに、たちまち ◯薨逝 みまかる。をはる(卒る) 死去する、貴人の死をいふ、現今わが國にては皇族、または三以上の人の死にいふ、薨去こうきょせいはゆきてかえらぬこと ◯哀慟 かなしみなげく、哀哭あいこく哀嗟あいさに同じ ◯灾異 さいさい古字こ じ、天の略。天地自然におこるわざはひ ◯風雲の氣色常に違ふ 風や雲のけはひが、いつもとちがふ。おだやかでないけはひが、天地にみなぎつて居るかたち ◯恐懼 きょうもおそる、こはがる。びくびくおそれること ◯舊典 ふるきのり ◯政令 政治と命令 ◯譴責 けんはとがめしかる、せきはせめる。過失をとがめせめること ◯忠情 まごころ、正しきこころ。まごころをつくし臣下たる義務を守る心、忠義のこころ ◯罄す つくす、つくすに同じ。十分にすること ◯諱む む、避ける。きらふ、かくす。そのことを隱蔽いんぺいして言はない(隱諱) ◯直言 はばからずして正しく言ふこと、信ずるままをまつすぐに言ふこと。

〔註一〕藤原大臣 右大臣藤原ふじはら不比等ふ ひ とを指す。鎌足かまたりの子孫。持統じとう文武もんぶ元明げんみょう元正げんしょうの四朝に歷仕れきしし、和銅元年右大臣に進み、養老二年、太政大臣に任ぜられたが、固辭こ じしてうけなかつた。一じょ宮子みやこ文武もんぶ天皇夫人きさきとなつて聖武しょうむ天皇を生みたてまつり、二女光明子こうみょうしは、聖武天皇の皇后となつて孝謙こうけん天皇を生み奉つた。このみことのりに於て元正げんしょう天皇が『朝廷の儀表ぎひょう』とおおせられて居る如く、四朝に歷仕れきしして功多く、こと大寶たいほう律令りつりょう改修の大事業は、全くその努力にまつものであつた。養老四年(皇紀一三八〇年卽ちこの詔にある庚申の年)八月こうじ、太政大臣を贈られ、文忠公ぶんちゅうこうしょうせられた。天平寶字ほうじ四年、ちょくして近江國おうみのくに追封ついほう淡海公たんかいこうとなした。

【大意謹述】世のことわざに『申年さるどしには事故が多い』といふが、その通りである。庚申かのえさるあたつた昨年(養老四年、皇紀一三八〇年)は種々の事故が多く、天のとがめのしるしがしばしばあらはれ、洪水や旱魃かんばつがつづき、榖物こくもつはみのらず、民は苦しんで、國中くにじゅうは何となく不穩ふおんで騒々しく、ことに朝廷の儀表ぎひょうともいふべき藤原右大臣までも、にはかにみまかり、じつにかなしき次第であつた。しかも昨年のわざはひは、更にいて今年こんねんに及び、ただごとではないやうなけはひが、天地にみなぎつて居るやうである。これを思へばちんの心は、日夜心配で、しばらくもやすまるひまがない。舊典きゅうてんおしへるところによると、天子の政治や命令が、そのよろしきを得ないと、天地がこれをとがめ責めてそのとがめのしるしを示すといふことである。あるいは朕の政治や命令に、よくないところがあつて、これを責むるために天地が異變いへんを示して居るのではあるまいか。御身等おんみらは位が高く、その任務は重い。よくまごころをつくして、朕を輔佐ほ させねばならぬ。もし朕の政令に不都合なことがあつたならば、遠慮なく信ずるところを十分に申し述べ、かくしたりみさけたりしてはならぬ。その直言ちょくげんたいしては、親しく朕みづからこれをるであらう。