13 東國の國司に下し給へる詔 孝德天皇(第三十六代)

東國とうごく國司こくしくだたまへるみことのり(大化二年三月 日本書紀

集侍群卿。大夫。及臣。連。國造。伴造。幷諸百姓等。咸可聽之。夫君於天地之間而宰萬民者不可獨制。要須臣翼。由是代々之我皇祖等。共卿祖考倶治。朕復思欲蒙神護力共卿等治。故前以良家大夫使治東方八道。旣而國司之任。六人奉法二人違令。毀譽各聞。朕便美厥奉法疾斯違令。凡將治者。若君如臣。先當正己而後正他。如不自正何能正人。是以不自正者。不擇君臣乃可受殃。豈不愼矣。汝率而正孰敢不正。今隨前勅而處斷之。

【謹譯】集侍うごなわりはべる群卿ぐんけい大夫たいふおよおみむらじ國造くにのみやつこ伴造とものみやつこならびもろもろの百せいみなこれくべし。天地あめつちあいだきみとして、萬民ばんみんおさむるものは、ひとおさむべからず。かならしんたすけつべし。これりて代々よ よ皇祖等すめみおやたちけいら祖考そこうともに、ともおさめたまへり。ちんまた神護しんごちからこうむりて、卿等けいらともおさめんとほっす。ゆえさき良家りょうけ大夫たいふもって、東方とうほうの八どうおさめしむ。すでにして國司こくしにんおもむき、六にんほうほうじ、二にんのりたがへり。毀譽き よおのおのきこゆ。ちん便すなわほうほうずるをめて、のりたがへるをいたむ。およおさめんとするものは、もしくはきみもしくはしんまさおのれただしくして、しかのちただすべし。みずかただしくせずんば、なんひとたださん。ここもっみずかただしくせざるものは、君臣くんしんえらばずすなわわざわいくべし。つつしまざらんや。なんじひきいただしくせば、たれあえただしからざらん。いま前勅ぜんちょくしたがひて、これ處斷しょだんせよ。

【字句謹解】◯集侍 うごなはりはべる、參集さんしゅうせる、御前ごぜんにある ◯ 執政しっせいの大臣、朝廷の高官 ◯大夫 たいふ。けいの下、の上に位する官名 ◯ おみ。かばねの一種で大身おおみ(おみ)の意、上代じょうだいには貴族の上流に位する一階級で、大臣はその族から選ばれたが、大化たいか改新かいしんのちは、かばねの第六位にはんせられた ◯ むらじ。神別しんべつかばねの一で朝政ちょうせいあずかりしもの、八しきかばねの第七位 ◯國造 くにのみやつこ。上古じょうこくにしょうせし一の行政區劃くかく主宰しゅさいせし世襲せしゅうの官名、後世の郡司ぐんじにあたる。葛城國造かつらぎのくにのみやつこごとし ◯伴造 とものみやつこ。諸部のおさとして其の部を管理せし世襲せしゅうの職名 ◯祖考 はとほつみおや、先祖。こうは死したる父のしょう(亡母を妣といふに對す) ◯東方八道 八は八といふに同じ。古事記崇神すじん天皇だんに東方十二とあるどうに同じ ◯國司 第二十一の〔註一〕を參照せよ ◯毀譽 そしりとほまれ ◯ わざはひ。とがめ、神のとがめ。ふくはん不仕ふ しあわせ。は時のまはり合せのわざはひ。之にたいしては神のとがめ。

【大意謹述】參集さんしゅうせる諸けい大夫たいふおよびおみむらじ國造くにのみやつこ伴造とものみやつこならびにもろもろの臣民しんみん等に告げるが、天地あめつちの間にきみとして萬民ばんみんおさむるには、一人の力ではよい效果こうかをあげることはできない。どうしてもしん輔翼たすけをまたねばならぬ。わが皇祖こうそ皇宗こうそう御等おんみたちの祖先の扶翼たすけを得て、ともに天下を治めたまうたのも、そのためである。ちんまた神の御加護ご か ごもとに、御等おんみたちと共に世を治めたいと思ふ。そこできに良家りょうけ大夫たいふ差遣さけんして、東方の八ヶ國を治めさせたのであつた。しかるにこれ等の國司こくしうち、六人はよく法を遵奉じゅんぽうしたが、二人は法令にたがひ、いづれも毀譽き よ褒貶ほうへんこえを耳にする。それで、法をほうじたものはしょうし、法令にたがつたものにたいしては、處罰しょばつを加へるであらう。およそ民を治むるためには、そのきみたるとしんたるとを問はず、おのれを正しくして、そののちを正すべきである。みずから正しくせずして、どうして人を正しくすることが出來るだらうか。ゆえみずから正しくしないものは、君臣くんしんを問はず神のとがめを受くるに相違そういない。うしてつつしまずしてよからうか。卿等おんみたちが共にあい率ゐて正しくしたならば、國民もまたおのずから正しくなるであらう。いまさき詔勅しょうちょくしたがつて、これを處斷しょだんするやうにせよ。

【備考】この聖勅せいちょくは、大化たいか改新かいしん大詔たいしょう御發布ごはっぷの直後に下されたものである。大化の改新は、地方封建ほうけん舊制きゅうせいを打倒して新たに郡縣ぐんけんの制を立て、土地・人民の私有を禁じ、地方行政區劃くかくを改定し、戸籍及び田租でんその法を定め、調ちょう及びようの制をたてるなどしん前古ぜんこ未曾有み ぞ うの大改革であつた。大化たいか二年(皇紀一三〇六年)正月、天皇勅使ちょくしを諸國につかわして兵庫ひょうごを作らしめ、二月みことのりして公事く じのために上京する民をとどめて、わたくし使役しえきすることを禁じたまひ、翌三月、すなわ東國とうごく國司こくしにこのみことのりを下して、その法を守れるものをしょうし、法にたがへるものをいましめ給ひ、あわせて文武ぶんぶかんならびに庶民を戒飭かいちょくせられたのである。御文中ごぶんちゅう

 およおさめんとするものは、しくはきみしくはしんまさおのれを正しくして、しかのちを正すべし。みずから正しくせずんば、なんく人を正さん。

おおせられ、特に正義、正道せいどう御高調ごこうちょうあそばされしは、神武じんむ天皇建國けんこく大詔たいしょうのいはゆる

 しもすなわ皇孫こうそんせいやしなふの心をひろめ・・・

といふ御言葉おことば合致がっちするもので、まことに御意義ご い ぎ深くはいすべきである。ほ『共卿祖考倶治』はけいの下にを加へ卿等けいらとすべきを、六字の句なるがゆえに省略されしものであらう。