10 鍾・匱を設くるの詔 孝德天皇(第三十六代)

かねはこもうくるのみことのり(大化元年八月 日本書紀

若憂訴之人。有伴造者。其伴造先勘當而奏。有尊長者。其尊長先勘當而奏。若其伴造尊長不審所訴收牒納匱。以其罪罪之。其收牒者。昧旦執牒。奏於內裏。朕題年月。便示群卿。或懈怠不理。或阿黨有曲。訴者可以撞鍾。由是懸鍾。置匱於朝。天下之民。咸知朕意。又男女之法者。良男共所生子配其父。若良男娶婢所生子配其母。若良女嫁奴所生子配其父。若兩家奴婢所生子配其母。若寺家仕丁之子者如良人法。若別入奴婢者如奴婢法。今克見人爲制之始。

【謹譯】うれうったふるのひと伴造とものみやつこあらば、伴造とものみやつこ勘當かんとうして、しかしてそうせよ。尊長者そんちょうしゃあらば、尊長そんちょう勘當かんとうして、しかしてそうせよ。伴造とものみやつこ尊長そんちょううったふるところつまびらかにせずして、ふみおさめてはこれなば、つみもっこれつみせん。ふみおさむるもの昧旦ほのぐらきときふみりて、內裏だいりそうせよ。ちん年月ねんげつしるし、便すなわ群卿ぐんけいしめさん。あるい懈怠おこたりてたださず、あるい阿黨あとうしてきょくあらば、うったふるものもっかねくべし。これりてかねけ、はこちょうく。天下てんかたみことごとく、ちんれ。また男女だんじょほうは、良男ちょうだん良女りょうじょともところちちけよ。良男りょうだんめとりてところははけよ。良女りょうじょやっこしてところちちけよ。兩家りょうけ奴婢ぬ ひところははけよ。寺家じ け仕丁しちょうは、良人りょうにんほうごとくせよ。べつ奴婢ぬ ひれば奴婢ぬ ひほうごとくせよ。いまひとせいつくるのはじめしめす。

【字句謹解】◯伴造 とものみやつこ。上古じょうこ時代諸部しょぶおさとして、そのを管理せし職名、例へば中臣なかとみ齋部いんべ祭祀さいしつかさどり、物部もののべ大伴おおとも武夫もののふを引率して護衞ごえいをなし、山部やまべは山を守り、田部たなべは田を耕し、海部うみべ漁獵ぎょりょうを事とせし如きである ◯勘當 考へしらべて是非をはんず、勘校かんこう ◯尊長者 ひとこのかみ。うへの人 ◯審にせず 審理しんりせず、しらべたださず ◯ 訴へぶみ。訴狀そじょう、訴訟にかんする文書 ◯ はこ、ひつ、だいなるはこ。しょうなるはこをこうといひ、大なるはこをといふ ◯昧旦 夜あけ前。未明、ほのぐらきあさ、早朝 ◯內裏 天皇のまします宮殿。すなわ大內裏だいだいりのなかの一かくなる皇居、禁闕きんけつ禁裏きんり御所ごしょ ◯題年月 公式りょう詔書しょうしょ式に年月ねんげつ御畫日ごかくびとある起因きいんである。に就ては緒言ちょげんの二、詔勅しょうちょく制式せいしきの項を參照せよ ◯懈怠 なまけおこたる ◯理さず たださず、正さず。理非り ひを明らかにせず、審理しんりせず ◯阿黨 靈異記りょういきに『償加太知波比』とあり、すなわ片幸かたちわいの意で、俗にいふ贔屓ひいきに同じ。僧尼そうに令義解りょうのぎげには阿曲あきょく朋黨ほうとうとあり。おもねりへつらひ、くつつき合ふこと ◯ 、よこしまなること ◯ かね古字こ じ、つりがね ◯ 朝廷。おほやけ、廟堂びょうどう、天子のまつりごときたまふところ ◯良男・良女 おほむたからをのこ・おほむたからめのこ。すなわ良家りょうけの男子と女子、身分ある男子と女子。上古じょうこは民に良賤りょうせんの別があつた ◯ めのこやつこ。使つかいの女、下婢か ひ ◯ をのこやつこ。召し使の男、下僕げぼく奴僕ぬぼく ◯寺家仕丁 つかひのよぼろ。むかし諸寺院の雜役ざつえき使役しえきせられし賤役せんえき者。かん仕丁しちょうと別なるよしをいへるもの。ほ男女の法に就ては備考欄をみよ。

【大意謹述】憂ひを訴へようとするもので、もし所屬しょぞく部長たる伴造とものみやつこのあるものは、一まづ伴造とものみやつこにおいて、訴へのおもむきを取り調べたのち奏上そうじょうせよ。目うへの者のあるものは、一おうその者において取り調べたのち奏上そうじょうするやうにせよ。もし伴造とものみやつこや目うへの者が、訴へを審理しんりせずして、訴狀そじょうはこにしまひこんでしまつた場合には、これを處罰しょばつするであらう。訴へがあつたならば、主吏しゅりは早朝訴狀そじょうたずさへて內裏だいり奏上そうじょうせよ。ちん、年月を記し、これを諸官に示す。もし諸官おこたりなまけて、訴へを審理せず、あるいはおもねりへつらつて、事理じ りを明らかにしない等のことがあつたならば訴人そにんただちにつりがねけ。そのために禁門きんもんつりがねけ、はこを朝廷に設けて置く。天下の民衆は、よくこの朕の意のある所を知らなければならぬ。

 また男女の法は、身分ある男女の生んだ子は父につけ、もし男子が下婢か ひめとつて生んだ場合の子は母につけ、女子が下僕げぼくして生んだ場合の子は父につけ、兩家りょうけ下婢か ひ奴僕ぬぼくとが生んだ子は母につけよ。寺院の仕丁つかいのよぼろの子は良人りょうにんの法のやうにせよ。もしまた寺院の仕丁つかいのよぼろにして別に奴婢ぬ ひつた場合には、奴婢ぬ ひの法のやうにせよ。以上人におきてを作るの始めを示す次第である。

【備考】天皇が朝廷につりがねはこを設けられたのは、一般人民のために憂訴ゆうそのみちを開かれたのであつて、姦吏かんりのためにうったえを曲げられたときは、つりがねき、もしまた伴造とものみやつこ尊長ひとこのかみがその冤罪えんざいを、つまびらかにしなかつた場合には、そのむねを記してはこれよとおおせられたのである。伴造とものみやつこ尊長ひとこのかみ勘當かんとうして、そうすべきものはそうするといふならわしは後世までも因襲いんしゅうして、平安朝までは氏長者うじちょうじゃが、武家時代になつては總領そうりょうが之を勘當かんとうするならはしであつた。これは上古じょうこ氏族制しぞくせい遺風いふうとみるべきである。ほ、このみことのりにいはゆる『男女之法』は、あらかじめ男女の奸濫かんらんふせつための法で『良男娶婢所生子配其母』とあるは、戸令こりょうに『凡官戸、陵戸、家人、公私奴婢與良人爲夫妻、所生男女不知情者從良皆離之、其逃亡所生、男女皆從賤』とあるを指すものである。