9 大酺の詔 安閑天皇(第二十七代)

大酺たいほみことのり(二年正月 日本書紀

間者連年登榖。接境無虞。元元蒼生。樂於稼穡。業業黔首。免於飢饉。仁風暢乎宇宙。美聲塞乎乾坤。內外淸通。國家殷富。朕甚欣焉。可大酺五日。爲天下之歡。

【謹譯】このごろ連年れんねんこくもつみのり、さかいまじへてうれひなし。元元蒼生おおみたから稼穡かしょくたのしみ、業業ぎょうぎょうとして黔首けんしゅ飢饉ききんまぬがる。仁風じんぷう宇宙あめのしたび、美聲びせい乾坤あめつちふさがる。內外ないがい淸通せいつうし、國家こっかにぎわみ、ちんはなはよろこぶ。おおいにすること五天下てんかよろこびとすべし。

【字句謹解】◯榖登る 五こくがよくみのること ◯元元蒼生 元元げんげん蒼生そうせいも共に國民、人民、あをくさたみ、おほみたから、百せい ◯稼穡 は榖物を植ゑること。しょくは榖物をとりいれること。てんじて農業の意、耕稼こうか、なりはひ ◯業業 あやふきかたち。やつとかろうじて ◯黔首 おほみたから、百せい。民は冠を用ひずして黑髪くろかみをあらはすがゆえに(一說には民は黑巾にて首を覆ふが故に)黔首けんしゅとよぶ、前の元元蒼生おおみたからと同義 ◯美聲 喜びたたへるこえ、人民和樂わらくこえ ◯乾坤 えきの二つのの名、てんじて天地の義、あめつち ◯殷富 富みさかえる ◯ 天子が酒食しゅしょく下賜か しせられること。御下賜ごかし酒食しゅしょくしむこと、國に慶事けいじあり、又は天子のとくが天下にあまねきたるを喜び、天子が臣民しんみんに酒を飮み樂しむことを許される義。酺宴ほえん又は酺燕ほえん御下賜ごかしさかもり、おふるまひざけに同じ。

【大意謹述】近年よく五こくがみのり、諸國ともに憂ひがない。さいわいにして飢饉ききんの心配もなくなり、百せいは皆元氣で、なりはひを樂しんで居る。いつくしあわれみ合ふふうが起り、豐年ほうねんを喜び合ふ和樂わらくこえ國中くにじゅうに充ち充ちて居る。畿內きない畿外きがい諸國との間にも有無う む相通じ、國家は富み榮え、まことに喜ばしい次第である。そこで五日間、人民に酒食しゅしょく下賜か ししてえんをはらしめ、ちんも天下とその喜びを共にするであらう。

【備考】この聖勅せいちょくはいして、われ等は美くしい『君民くんみん和樂わらく』の繪卷物えまきものを見るやうな心地がする。御下賜ご か し酒食しゅしょくに、民は鼓腹擊壤こふくげきじょうして聖德せいとくをたたへたてまつり、聖天子せいてんしは『百せいの富めるはすなわち朕の富めるなり』とて天下とその喜びを共にしたまふ。じつに民を以てもととし、臣民しんみんを呼ぶに『おほみたから』『赤子せきし』の語を以てせられるわが日本においてのみ見られる君民くんみん和樂わらくの美くしい情景にして、えて他國の歷史にこれをみることは出來ない。されば、今上きんじょう陛下も御卽位ごそくい勅語ちょくごにおいて

 皇祖こうそ皇宗こうそうくにたみのぞムヤ、くにもっいえシ、たみルコトごと

と仰せられたのである。上下しょうか感孚かんぷ君民くんみんたいを一にするのは、じつにわが國體こくたい精華せいかであつて、皇統こうとう萬世ばんせいけい天地あめつちとともにならぞんする所以ゆえんはここにあるといふべきであらう。