8 擧國勞働を勸むるの詔 繼體天皇(第二十六代)

擧國きょこく勞働ろうどうすすむるのみことのり(元年三月 日本書紀

朕聞。士有當年而不耕者。則天下或受其飢矣。女有當年而不績者。天下或受其寒矣。故帝王躬耕而勸農業。后妃親蠶而勉桑序。況厥百寮曁于萬族。廢棄農績而至殷富者乎。有司普告天下。令識朕懷。

【謹譯】ちんく、當年とうねんにしてたがやさざるものあるときは、すなわ天下てんかうえくることあり。おんな當年とうねんにしてまざるものあれば、天下てんかこごえくることあり。ゆえ帝王ていおうみずかたがやして農業のうぎょうすすめ、后妃こうひみずかこがひて桑序そうじょつとめたまふ。いわんや百寮もものつかさより萬族おおみたからいたるまで、農績のうせき廢棄はいきして、しかして殷富いんぷいたらんや。有司ゆうしあまね天下てんかげて、ちんおもいらしめよ。

【字句謹解】◯ 男子、をのこ ◯績む うむ、つむぐ。まゆ綿わたなどから糸をひき出すこと。てんじてはたを織ることに用ふ ◯帝王躬耕 禮記らいき月令篇げつれいへんに見ゆる語 ◯蠶ひ 養蠶ようさんすること ◯桑序を勉む 養蠶業ようさんぎょうはげむ ◯農績 農桑のうそう紡織ぼうしょく等のわざ ◯殷富 さかんにして富む ◯有司 やくにん、官吏かんり

【大意謹述】聞くところによれば、一人前の男子が農耕のぎょうおこたれば、天下は食物しょくもつ窮乏きゅうぼうのためにうえをうくる事があり、また女子が糸をつむぎ布を織るわざを怠れば、天下は寒さに苦しまねばならぬことがあるといふ事である。それでむかしから、帝王はみづから耕して農業をすすめられ、また后妃きさきはみづからかいこを養つて、紡織ぼうしょくはんをお示しになつたのである。ましていわんや百寮もものつかさの役人たちから、しも萬民ばんみんにいたるまで、農業や紡織ぼうしょくぎょうを怠りかえりみないやうでは、どうして國家がさかえるであらうか。諸役人はよくこの意味を國民に知らせて、農桑のうそうぎょうはげましめねばならぬ。

【備考】このみことのりは、擧國きょこく勞働ろうどう御宣言ごせんげんともはいすべきもので、特に

 帝王みずから耕して農業をすすめ、后妃こうひみずかこがひて桑序そうじょつとめたまふ

御言葉おことばの如きは、まことに御意義ご い ぎ深きものである。しかも今日こんにち今上きんじょう陛下には、宮中において御躬おんみずから水田をいとなませ給ひ、また太后こうたいごう皇后こうごう陛下におかせられても、御親おんしたしく養蠶ようさんわざにいそしませ給ふよしは、國民のひとしくうけたまわるところで、その御精神ごせいしんまたここにあるものとはいすべきであらう。しかるに近時きんじ往々おうおう富豪ふごう貴族きぞくにして、安逸あんいつ遊惰ゆうだいたずらにけんしゃとをほしいままにして、頽廢たいはい的な生活を送つてゐるものが少くない。しかもこれが今日こんにち社會しゃかい思想惡化あっかの有力な一原因であることは、否定しがたき事實じじつである。よろしくこれ等の徒輩とはいは、この擧國きょこく勞働ろうどう御聖勅ごせいちょくはいして、深くつつしかえりみるところがなければならぬ。本詔ほんしょうの『子有當年而不耕者』より『天下或受其寒矣』にいたる三十一字は、淮南子えなんじ薺俗訓せいぞっくんの文にられしものとおぼゆ。