5 群臣に下し給へる詔 仁德天皇(第十六代)

群臣ぐんしんくだたまへるみことのり(四年二月 日本書紀

朕登高臺以遠望之。烟氣不起於域中。以爲百姓旣貧而家無炊者。朕聞。古聖王之世。人人誦詠德之音。家々有康哉歌。今朕臨億兆於茲三年。頌音不聆炊烟轉疎。卽知五榖不登百姓窮乏也。封畿之內尙有不給者。況於畿外諸國耶。

【謹譯】ちん高臺たかどののぼり、とおこれのぞむに、烟氣けぶり域中くにのなかおこらず。以爲お もふに百せいすでまずしくして、いえかしぐものなきならん。ちんく『いにしえ聖王せいおうには、人々ひとびと詠德えいとくこえし、家家いえいえ康哉こうさいうたりき』と。いまちん億兆おくちょうのぞむこと、ここに三ねんなれども、頌音しょうおんきこえず。炊烟すいえんうたまれなり。すなわち五こくみのらずして、百せい窮乏きゅうぼうせることをりぬ。封畿ほうきうちきゅうせざるものり。いわんや畿外きがい諸國しょこくおいてをや。

【字句謹解】◯高臺 たかどの、難波なにわ(今の大阪市)高津宮たかつのみやのたかどのを指す ◯烟氣 かまどの煙、炊爨すいさんのけむり ◯百姓 おほみたから。多くのたみくさ、ひろく人民を指す ◯炊ぐもの 炊爨すいさんの材料、すなわ食物しょくもつ ◯詠德の音 とくをたたへるこえ文選もんぜんの四講德論こうとくろんに出でし語 ◯康哉の歌 書經しょきょう益稷えきしょくに『股肱良哉、庶事』とあるに出づ。平和を謳歌おうかする歌 ◯億兆 國民、人民、おほみたから、くにたみ、百せいに同じ、蒼生そうせい黔首けんしゅ黎元れいげん ◯頌音聆えず ほめたたへるこえが起らない ◯轉た うたた。何となく、そぞろに ◯登らず みのらない。成熟しない、みのるはみのる、みのるに同じ ◯封畿の內 畿内きない地方。天子に直隷ちょくれいせる帝都に近き地を畿內きないとよぶ。すなわ京師けいしに近接する國々の意。くだつて孝德こうとく天皇の二年、初めて京師けいししゅうし、畿內の國司こくし郡司ぐんじ等を置き、その境域きょういきを定められた。

【大意謹述】ちん高津宮たかつのみやのたかどのに登つて遠く四方をながむるに、民の家々から少しも煙があがらない。思ふにこれは民が貧乏して、家ににたきする榖物たなつものがないからであらう。聞くところによれば『むかし聖王せいおうの世には、人々は君王くんおうとくをたたへ、家々には泰平たいへいを喜び歌ふ歌のこえが聞えてゐた』といふことである。しかるにもはや朕が卽位そくいしてから三年にもなるが、君德くんとくをたたへるこえも起らず、民のかまどからのぼる煙も極めてまれであつて、これによつて五こくがみのらず、人民の窮乏きゅうぼうして居ることを知ることができる。都に近いところでさへもこの有樣ありさまであるから、遠く邊僻へんぴな國々の人々は、どんなに困つて居ることであらうか。

【備考】天皇群臣ぐんしんして、仁慈じんじあふるるこの聖勅せいちょくをお下しになつたのは、四年春二月六日であるが、同年三月二十一日更に群臣ぐんしんして、の如き『課役かえき免除めんじょみことのり』を下し給うたことは、史上有名である。