3 群卿百僚に下し給へる詔 崇神天皇(第十代)

群卿ぐんけいりょうくだたまへるみことのり(四年十月 日本書紀

惟我皇祖諸天皇等。光臨宸極者豈爲一身乎。蓋所以司牧人神經綸天下。故能世闡玄功。時流至德。今朕奉承大運愛育黎元。何當聿遵皇祖之跡永保無窮之祚。其群卿百僚。竭爾忠貞共安天下不亦可乎。

【謹譯】おもんみるに、皇祖こうそしょ天皇てんのう宸極あまつひつぎ光臨こうりんしたまひしは、に一しんためならんや。けだ人神じんしん司牧しぼくして、天下てんか經綸けいりんしたまふ所以ゆえんなり。ゆえ玄功げんこうひらき、とき至德しとくかれたり。いまちん大運あまつひつぎ奉承ほうしょうし、黎元れいげん愛育あいいくす。いかにしてまさ皇祖こうそあと聿遵いつじゅんし、ながきわまあまつひつぎたもつべき。群卿ぐんけい、百りょうなんじ忠貞ちゅうていつくし、とも天下てんかやすんぜむことまたならずや。

【字句謹解】◯宸極 あまつひつぎ、天皇御位みくらい ◯司牧 つかさどりやしなふ、臨み治める。左傳さでんに『天生民而立之君、使之』とあり ◯經綸 天下をいとなみをさめること。いとおさめるにした語 ◯玄功 げん上帝じょうてい、天子。天皇の深く大いなるいさをし。梁書りょうしょ帝紀けいていき孔子こうしめて『』といへり。深遠しんえんなる功業こうぎょうの義 ◯至德 高大こうだいなる德行とっこう ◯黎元 もろもろのたみ、臣民しんみん、國民 ◯聿遵 つつしみしたがふ、したがひまもる ◯ 皇祚こうその意、天子の位。あまつひつぎ ◯群卿百僚 百かん諸僚しょりょう、上下多くの役人たち。

【大意謹述】おもふにわが皇祖こうそ皇宗こうそうが、天皇御位みくらいにおつきになつたのは、決して御自身一個のめではない。ひろくしも人民をつかさどり養ひ、天下を經營けいえいし治め給ふためであつた。それゆえに歷代天皇世々よ よ深きめぐみをれさせられ、高き御德政おんとくせいをおしきになつたのである。いまちん皇統こうとうをうけつぎ天子の位にのぼり、しも臣民しんみん愛育あいいくせんとするにあたり、いかにせばよく、皇祖こうそ御跡みあとしたがたてまつり、ながくきわまりなき皇祚あまつひつぎを保つことが出來るであらうかといふことをうれふ。なんぢ群臣ぐんしん諸官しょかんもよく朕の身に忠貞ちゅうていつくし、共に天下をやすんずることを心掛けよ。

【備考】この聖勅せいちょくはいしても、崇神すじん天皇がいかに敬虔けいけん謙虛けんきょなる御態度ごたいどをもつて帝位に臨まれたかを知ることが出來る。天皇敬神けいしんの念こと御深おんふかく、天照大御神あまてらすおおみかみ御靈代みたましろなる八咫鏡やたのかがみは、この時まで大神おおみかみみことのりしたがひ、つねに宮中にやすんじまつり、同殿どうでん共床きょうしょうして政治を執りたまふ例であつたが、かくては神意しんいおそれ多しと、卽位そくいの六年皇女おうじょ豐鍬入姬命とよすきいりひめのみことをして、八咫鏡やたのかがみおよび天叢雲劍あめのむらくものつるぎやまと笠縫邑かさぬいのむらうつしてこれをまつり、ひめをして奉仕せしめられた。かく神祇しんぎを敬ひ御心みこころを政治に用ゐさせられたので、災害疫病えきびょうやみ、農桑のうそうぎょうゆたかに民そのやすんじ、天皇しょうして御肇國はつくにしらす天皇すめらみこととなへまつつたほどである。ことに『課役かえきの制』を初めて定めたまひし次のみことのりは、わが國租税そぜい濫觴らんしょうとして注目すべきものである。