大日本詔勅謹解7 御宸翰謹解

6 副島種臣ニ賜ヘル宸翰 明治天皇(第百二十二代)

副島種臣ニ賜ヘル宸翰(明治十三年) 卿けいハ復古ふっこノ功臣こうしんナルヲ以もっテ、朕ちん今いまニ至いたっテ猶なお其その功こうヲ忘わすレス。故ゆえニ卿けいヲ侍講じこうノ職しょくニ登用とうようシ、以もっテ朕ちんノ德義とくぎヲ磨みがク事ことアラ…

5-3 再び德川家茂に下し給へる宸翰 孝明天皇(第百二十一代)

再び德川家茂に下し給へる宸翰(第三段)(元治元年正月二十七日 維新史料) 夫それ去年きょねんは將軍しょうぐん久ひさしく在京ざいきょうし、今春こんしゅんも亦また上洛じょうらくせり。諸大名しょだいみょうも亦また東西とうざいに奔走ほんそうし、或あ…

5-2 再び德川家茂に下し給へる宸翰 孝明天皇(第百二十一代)

再び德川家茂に下し給へる宸翰(第二段)(元治元年正月二十七日 維新史料) 朕ちん又また思おもへらく、我われの所謂いわゆる砲艦ほうかんは、彼かれが所謂いわゆる砲艦ほうかんに比ひすれば、未いまだ慢夷まんいの膽きもを呑のむに足たらず。國威こくいを…

5-1 再び德川家茂に下し給へる宸翰 孝明天皇(第百二十一代)

再び德川家茂に下し給へる宸翰(第一段)(元治元年正月二十七日 維新史料) 朕ちん不肖ふしょうの身みを以もって、夙つとに天位てんいを踐ふみ、忝かたじけなくも萬世ばんせい無缺むけつの金甌きんおうを受うけ、恒つねに寡德かとくにして、先皇せんこうと…

4-2 德川家茂に賜へる宸翰 孝明天皇(第百二十一代)

德川家茂に賜へる宸翰(第二段)(維新史料) 夫それ醜夷しゅうい征服せいふくは國家こっかの大典たいてん、遂ついに膺懲ようちょうの師しを興おこさずんばある可べからず。然しかりと雖いえども、無謀むぼう之の征夷せいいは朕あが好このむ所ところに非あら…

4-1 德川家茂に賜へる宸翰 孝明天皇(第百二十一代)

德川家茂に賜へる宸翰(第一段)(元治元年正月二十一日 維新史料) 嗚呼あ あ汝なんじ方今ほうこんの形勢けいせい如何いかんと觀みる。內うちは則すなわち紀綱きこう廢弛はいし、上下しょうか解體かいたい、百姓ひゃくせい塗炭とたんに苦くるしむ。殆ほとん…

3-3 春宮に贈らせ給へる御文 後花園天皇(第百十八代)

春宮に贈らせ給へる御文(第三段)(扶桑拾葉集) 此このちかごろ小鳥ことりなどあつめられ候そうろうて、御おんすきの由よしききまゐらせ候そうろう。これまたしかるべからず候そうろう。何なんとしても、かやうの無用むようなる事ことに、心こころをうつし…

3-2 春宮に贈らせ給へる御文 後花園天皇(第百十八代)

春宮に贈らせ給へる御文(第二段)(扶桑拾葉集) その外ほかは公事く じがた詩歌しいか管絃かんげん御手跡ごしゅせきなど御能おんのうにて候そうろう。なにとしても歌うた連歌れんかの事ことは、誰々たれたれもとりつき候そうらへば、さすがやすきやうに候…

3-1 春宮に贈らせ給へる御文 後花園天皇(第百十八代)

春宮に贈らせ給へる御文(第一段)(扶桑拾葉集) ふとしたるやうに候そうらへども、萬よろず心得こころえ候そうらはんずる事ことども、人ひとなどしてはさのみ申もうされ候そうらはむやうに候そうろうほどに、大概たいがい心中しんちゅうのとほり記しるしつ…

2-2 名和長年に賜へる宸翰 後醍醐天皇(第九十六代)

名和長年に賜へる宸翰(第二段)(元弘三年 扶桑拾葉集) 長年ながとしが忠功ちゅうこう、後代こうだいの人ひとにもしらせんがために、しるしをくなり。すゑずゑの君きみにもこれを見みせたてまつらば、いかがをろかならん。私わたくしの子孫しそんまでも、…

2-1 名和長年に賜へる宸翰 後醍醐天皇(第九十六代)

名和長年に賜へる宸翰(第一段)(元弘三年 扶桑拾葉集) 漫漫まんまんたる海上かいじょうに、いづくともなく漂ただよひて、四日かばかりはすぎぬ。二十七日にちの夕ゆうかたにや、杵築きづきの浦うらにて、西風にしかぜはげしくふきて、いかなるべきにかと…

1-8 太子を誡むるの書 花園天皇(第九十五代)

太子を誡むるの書(第八段)(元德二年二月 伏見宮御記錄) 而近簡所染、則小人所爲、唯俗事。性相近習則遠。縱雖有生知之德、猶恐有所陶染。何況不及上智也。立德成學之道、曾無所由、嗟呼悲乎。先皇緒業此時忽欲墜。余雖性拙智淺、粗學典籍、欲成德義興王…

1-7 太子を誡むるの書 花園天皇(第九十五代)

太子を誡むるの書(第七段)(元德二年二月 伏見宮御記錄) 若學功立德義成者、匪啻盛帝業於當年、亦卽貽美名於來葉、上致大孝於累祖、下加厚德於百姓。然則高而不危、滿而不溢、豈不樂乎。一日受屈百年保榮、猶可忍。況墳典遊心、則無塵累之纒牽、書中遇故…

1-6 太子を誡むるの書 花園天皇(第九十五代) 

太子を誡むるの書(第六段)(元德二年二月 伏見宮御記錄) 又頃年有一群之學徒。僅聞聖人之一言、自馳胸臆之說、借佛老之詞、濫取中庸之義、以湛然虛寂之理爲儒之本、曾不知仁義忠孝之道、不協法度、不辨禮儀。無欲淸淨則雖似可取、唯是莊老之道也。豈爲孔…

1-5 太子を誡むるの書 花園天皇(第九十五代)

太子を誡むるの書(第五段)(元德二年二月 伏見宮御記錄) 凡學之爲要、備周物之智、知未萌之先、達天命之終始、辨時運之窮通、若稽于古、斟酌先代廢興之迹、變化無窮者也。至如暗誦諸子百家之文、巧作詩賦、能爲議論、群僚皆有所掌。君主何强自勞之。故寬…

1-4 太子を誡むるの書 花園天皇(第九十五代)

太子を誡むるの書(第四段)(元德二年二月 伏見宮御記錄) 而庸人習太平之時、不知今時之亂。時太平則雖庸主可得而治。故堯舜生而在上、雖有十桀紂不得亂之。勢治也。今時雖未及大亂、亂之勢萌已久、非一朝一夕之漸。聖主在位則可歸無爲、賢主當國則無亂。…

1-3 太子を誡むるの書 花園天皇(第九十五代)

太子を誡むるの書(第三段)(元德二年二月 伏見宮御記錄) 愚惟深以爲謬。何則洪鐘畜響、九乳未叩誰謂之無音。明鏡含影、萬象未臨誰謂之不照。事迹雖未顯、物理之炳然。所以孟軻以帝辛爲夫、不待武發之誅矣。以薄德欲保神器。豈其理之所當乎。以之思之、危…

1-2 太子を誡むるの書 花園天皇(第九十五代)

太子を誡むるの書(第二段)(元德二年二月 伏見宮御記錄) 若使溫柔敦厚之敎躰於性、疎通知遠之道達於意則善矣。雖然猶恐有不足。況未備此道德、爭期彼重位。是則所求非其所爲。譬猶捨網待魚羅、不耕期榖熟。得之豈不難乎。假使勉强而得之、恐是非吾有矣。…

1-1 太子を誡むるの書 花園天皇(第九十五代)

太子を誡むるの書(第一段)(元德二年二月 伏見宮御記錄) 余聞、天生蒸民、樹之君司牧、所以利人物也。下民之暗愚、導之以仁義、凡俗之無知、馭之以政術。苟無其才、則不可處其位。人臣之一官失之、猶謂之亂天下。鬼瞰無遁。何況君子之大寶乎。不可不愼、…