大日本詔勅謹解2 道德敎育篇

59-4 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんみんニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第四段)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】是こレ朕ちんカ祖宗そそうノ威靈いれいニ賴よルト雖いえどモ、百僚りょう臣庶しんしょノ忠實ちゅうじつ、勇武ゆうぶ精誠せいせい…

59-3 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんかニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第三段)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】出征しゅっせいノ師しハ仁愛じんあい節制せっせいノ聲譽せいよヲ播ほどこシ、外交がいこうノ政まつりごとハ捷敏しょうびん快暢かい…

59-2 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんみんニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第二段)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】不幸ふこう客歳かくさい淸國しんこくト釁端きんたんヲ啓ひらキ、朕ちんハ已やムヲ得えスシテ之これト干戈かんかヲ交まじヘ、十閱…

59-1 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんみんニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第一段)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】朕ちん惟おもフニ國運こくうんノ進張しんちょうハ治平ちへいニ由よリテ求もとムヘク、治平ちへいヲ保持ほ じシテ能よク終始しゅう…

58 學習院ニ臨幸ノ際下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

學習院がくしゅういんニ臨幸りんこうノ際さい下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(明治二十四年四月八日 官報) 【謹譯】朕ちん、華族かぞくノ敎育きょういくニ留念りゅうねんスルコト久ひさシ。曩さきニ院長いんちょうヨリ其そノ規模き ぼヲ上奏じょうそうス。…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(七)敎育勅語の大精神と敎育革新

(七)敎育勅語の大精神と敎育革新 畏かしこくも、明治天皇におかせられては、日本道德の運命について憂慮せられ、敎育の根本方針を確立するため、敎育きょういく勅語ちょくごを渙發かんぱつされた。從したがつて、日本の敎育は、當然とうぜん、日本精神の上…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(六)日本敎育を正しく生かす根本生命

(六)日本敎育を正しく生かす根本生命 思ふに、歐米人おうべいじんが、その自己優越乃至ないし白人萬能ばんのうの無用な誇りを棄すて去り、素直な、謙虛けんきょな心持こころもちになつて、忠孝ちゅうこう一本ぽんの精神せいしんを奉ほうずるなら、彼かれ等…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(五)誰か忠孝を古しと云ふか

(五)誰か忠孝を古しと云ふか 更に忠孝ちゅうこうに關聯かんれんして考へねばならぬことは、「報恩ほうおん」といふ思想である。これも亦また東洋特有の考へであり、日本に於て一特色を爲なす思想である。恩おんといふ字は、「めぐみ」「あはれみ」「いつく…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(四)哲學上から見た忠孝一本の思想

(四)哲學上から見た忠孝一本の思想 西洋流のモダン・ボオイは、「何だ、忠孝ちゅうこうなんて、黴臭かびくさくて仕樣しようがない、チヨン髷まげ思想の結晶ぢやないか、昭和の新時代にまさか忠孝でもあるまい」と云いふ。茲ここに大きい誤りがあり、偏見が…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(三)日本の道德として世界に誇るべき特長

(三)日本の道德として世界に誇るべき特長 更に一歩を進めて考へると、日本の國體こくたいは、西洋の國體こくたいとちがふ。道德・倫理を規定してゆく以上、國體こくたいに一致すべきことを必須の要件としなければならない。西洋は大體だいたいにおいて、易…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(二)道德に關する考へ方

(二)道德に關かんする考へ方 西洋の國家は、征服者と非征服者との關係かんけいから成立つてゐる。そこに日本人の如く、單たん一民族が、道義どうぎ肇國ちょうこくのもとに君臨せられた天皇を戴いただき「義ぎは君臣くんしんにして情じょうは父子ふ し也な…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(一)日本の國民性を見よ

(一)日本の國民性を見よ 思ふに、敎育きょういく勅語ちょくごを正解するについては、當然とうぜん、日本精神せいしんに立つて、之を爲なさなければならぬ。在來は、餘あまりに西洋流の見方、西洋流の頭で、これを解釋かいしゃくしようとした爲ために却かえ…

57-3 敎育ニ關シテ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

敎育きょういくニ關かんシテ下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(第三段)(明治二十三年十月三十日) 【謹譯】斯こノ道みちハ實じつニ我わカ皇祖こうそ皇宗こうそうノ遺訓いくんニシテ、子孫しそん臣民しんみんノ倶ともニ遵守じゅんしゅスヘキ所ところ、之これ…

57-2 敎育ニ關シテ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

敎育きょういくニ關かんシテ下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(第二段)(明治二十三年十月三十日) 【謹譯】爾なんじ臣民しんみん父母ふ ぼニ孝こうニ、兄弟けいていニ友ゆうニ、夫婦ふうふ相あい和わシ、朋友ほうゆう相あい信しんシ、恭儉きょうけん己おの…

57-1 敎育ニ關シテ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

敎育きょういくニ關かんシテ下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(第一段)(明治二十三年十月三十日) 【謹譯】朕ちん惟おもフニ我わカ皇祖こうそ皇宗こうそう國くにヲ肇はじムルコト宏遠こうえんニ、德とくヲ樹たツルコト深厚しんこうナリ。我わカ臣民しんみん…

56 高等師範學校ニ臨幸ノ際下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

高等こうとう師範しはん學校がっこうニ臨幸りんこうノ際さい下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(明治十九年五月十八日 官報) 【謹譯】本日ほんじつ親したシク此校このこうニ臨のぞミ、敎務きょうむ改良かいりょう、諸事しょじ整理せいりノ緒しょニ就つクヲ見…

55 幼學綱要頒賜ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

幼學ようがく綱要こうよう頒賜はんしノ勅語ちょくご(明治十五年十二月) 【謹譯】彝倫いりん道德どうとくハ敎育きょういくノ主本しゅほん、我朝わがちょう、支那し なノ專もっぱラ崇尙すうしょうスル所ところ、歐米おうべい各國かっこくモ亦また修身しゅう…

54 海軍兵學校ヘ臨御ノ節生徒ニ賜ハリシ勅語 明治天皇(第百二十二代)

海軍かいぐん兵學校へいがっこうヘ臨御りんぎょノ節せつ生徒せいとニ賜たまハリシ勅語ちょくご(明治十二年十二月二十五日) 【謹譯】朕ちん、本日ほんじつ諸しょ生徒せいとノ事業じぎょうヲ觀みルニ、進歩しんぽ復また昔日せきじつノ比ひニアラス、感悦かん…

53 東京大學醫學部開業式ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

東京とうきょう大學だいがく醫學部いがくぶ開業式かいぎょうしきノ勅語ちょくご(明治十二年四月二十二日) 【謹譯】 人生じんせい貴たっとフ所ところノモノハ身體しんたいノ健全けんぜんニシテ、之これヲ保護ほ ごスルノ根基こんきハ醫學いがくニ由よラサル…

52 學習院開校式ニ臨御ノ際下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

學習院がくしゅういん開校式かいこうしきニ臨御りんぎょノ際さい下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(明治十年十月十七日 岩倉公實記) 【謹譯】朕ちん惟おもフニ汝等なんじら能よク旨むねヲ奉ほうシ此校このこうヲ協立きょうりつシ、開業かいぎょうノ典てんヲ…

51 故楠木正行追賞ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

故こ楠木くすのき正行まさつら追賞ついしょうノ勅語ちょくご(明治十年二月十七日) 【謹譯】汝なんじ正行まさつら、父ちちノ志こころざしヲ繼つキ、力ちからヲ王事おうじニ盡つくシ、遂ついニ國難こくなんニ斃たおル。朕ちん其その世忠せちゅうヲ追感ついか…

50 故武內宿禰追賞ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

故こ武內宿禰たけのうちすくね追賞ついしょうノ勅語ちょくご(明治十年二月十七日) 【謹譯】汝なんじ歷朝れきちょうニ奉仕ほうしシ、萬機ばんきヲ輔翼ほよくス。朕ちん深ふかク之これヲ追感ついかんス。今いま大和やまとニ幸こうスルニ因よリ、使つかいヲ遣…

49 故藤原不比等追賞ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

故こ藤原ふじはら不比等ふ ひ と追賞ついしょうノ勅語ちょくご(明治十年二月十日) 【謹譯】汝なんじ不比等ふ ひ と、父ちちニ繼ついテ皇室こうしつニ功勞こうろうアリ、且かつ律令りつりょうヲ鑒修かんしゅうス。朕ちん之これヲ追感ついかんス。今いま大和…

48 華族會館ニ臨ミテ華族ニ下シ給ヘル勅諭 明治天皇(第百二十二代)

華族かぞく會館かいかんニ臨のぞミテ華族かぞくニ下くだシ給たまヘル勅諭ちょくゆ(明治八年十月七日 三條實美公 年譜) 【謹譯】朕ちん茲ここニ親臨しんりんシ、汝等なんじら華族かぞくニ宣示せんしス。朕ちん曩さきニ汝等なんじらニ諭さとス所ところアリ。…

47 開成學校開業式ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

開成かいせい學校がっこう開業式かいぎょうしきノ勅語ちょくご(明治六年十月九日 太政官日誌) 【謹譯】開成かいせい學校がっこう經營けいえい方まさニ功こうヲ竣おフ。朕ちん今いま其その開業かいぎょうヲ親視しんしシ、茲ここニ學術がくじゅつノ進歩しん…

46 開成學校開業式ノ時ニ雇敎師ニ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

開成かいせい學校がっこう開業式かいぎょうしきノ時ときニ雇やとい敎師きょうしニ下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(明治六年十月九日) 【謹譯】開成かいせい學校がっこう經營けいえい、方まさニ功こうヲ竣おフ。朕ちん今いま群僚ぐんりょうヲ率ひきヰテ、茲…

45-2 改曆ノ詔 明治天皇(第百二十二代)

改曆かいれきノ詔みことのり(第二段)(明治五年十一月九日) 【謹譯】蓋けだシ太陽曆たいようれきハ太陽たいようノ躔度てんどニ從したがツテ月つきヲ立たツ。日子にっし多少たしょうノ異いアリト雖いえどモ、季候きこう早晩そうばんノ變へんナク、四歳さい…

45-1 改曆ノ詔 明治天皇(第百二十二代)

改曆かいれきノ詔みことのり(第一段)(明治五年十一月九日) 【謹譯】朕ちん惟おもフニ我邦わがくに通行つうこうノ曆こよみタル太陰たいいんノ、朔望さくぼうヲ以もっテ月つきヲ立たテ太陽たいようノ躔度てんどニ合がっス。故ゆえニ二三年間ねんかん必かな…

44-5 華族ヲ召シ給ヒテ留學及海外周遊ヲ奬勵スルノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

華族かぞくヲ召めシ給たまヒテ留學りゅうがく及および海外かいがい周遊しゅうゆうヲ奬勵しょうれいスルノ勅語ちょくご(第五段)(明治四年十月二十二日 太政官日誌) 【謹譯】誠まことニ能よク人々ひとびと此ここニ注意ちゅういシ、勤勉きんべんノ力ちから…

44-4 華族ヲ召シ給ヒテ留學及海外周遊ヲ奬勵スルノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

華族かぞくヲ召めシ給たまヒテ留學りゅうがく及および海外かいがい周遊しゅうゆうヲ奬勵しょうれいスルノ勅語ちょくご(第四段)(明治四年十月二十二日 太政官日誌) 【謹譯】且かつ我邦わがくに女學じょがくノ制せい未いまタ立たたサルヲ以もっテ、婦女ふ…