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69 敎育者ニ賜ハリシ勅語 今上陛下(第百二十四代)

敎育者きょういくしゃニ賜たまハリシ勅語ちょくご(昭和六年十月三十日) 【謹譯】健全けんぜんナル國民こくみんノ養成ようせいハ一人ひとり師表しひょうタルモノノ德化とっかニ俟まツ。事ことニ敎育きょういくニ從したがフモノ、其そレ奮勵ふんれい努力どり…

68-2 敎育ニ關スル御沙汰 今上陛下(第百二十四代)

敎育きょういくニ關かんスル御沙汰お さ た(第二段)(昭和三年十二月十一日) 【謹譯】朕ちん今いま、列聖れっせいノ遺圖い とヲ嗣つキ、篤あつク敎化きょうかヲ敷しキ、以もっテ人心じんしんノ歸趨きすうヲ正ただシクシ、大おおいニ學藝がくげいヲ振ふる…

68-1 敎育ニ關スル御沙汰 今上陛下(第百二十四代)

敎育きょういくニ關かんスル御沙汰お さ た(第一段)(昭和三年十二月十一日) 【謹譯】祖宗そそうノ國くにヲ經けいスルヤ、敎學きょうがくヲ先さきト爲なス。皇祖考こうそこう夙つとニ學制がくせいヲ頒わかチ、更さらニ宸勅しんちょくヲ降くだシ、昭あきら…

67 明治節制定ノ詔書 今上陛下(第百二十四代)

明治節めいじせつ制定せいていノ詔書しょうしょ(昭和二年三月四日) 【謹譯】朕ちんカ皇祖考こうそこう明治めいじ天皇てんのう、盛德せいとく大業たいぎょう、夙つとニ嚝古こうこノ隆運りゅううんヲ啓ひらカセタマヘリ。茲ここニ十一月三日ヲ明治節めいじせ…

66-5 帝都復興ニ關スル詔書 大正天皇(第百二十三代)

帝都ていと復興びふっこうニ關かんスル詔書しょうしょ(第五段)(大正十二年九月十二日) 【謹譯】之これヲ慮おもんばかリテ、朕ちんハ宰臣さいしんニ命めいシ、速すみやかニ特殊とくしゅノ機關きかんヲ設置せっちシテ帝都ていと復興ふっこうノ事ことヲ審議…

66-4 帝都復興ニ關スル詔書 大正天皇(第百二十三代)

帝都ていと復興ふっこうニ關かんスル詔書しょうしょ(第四段)(大正十二年九月十二日) 【謹譯】抑そもそモ東京とうきょうハ帝國ていこくノ首都しゅとニシテ、政治せいじ經濟けいざいノ樞軸すうじくナリ。國民こくみん文化ぶんかノ源泉げんせんトナリテ、民…

66-3 帝都復興ニ關スル詔書 大正天皇(第百二十三代)

帝都ていと復興ふっこうニ關かんスル詔書しょうしょ(第三段)(大正十二年九月十二日) 【謹譯】朕ちん深ふかク自みずかラ戒心かいしんシテ已やマサルモ、惟おもフニ天災てんさい地變ちへんハ人力じんりょくヲ以もっテ豫防よぼうシ難がたク、只ただ速すみや…

66-2 帝都復興ニ關スル詔書 大正天皇(第百二十三代)

帝都ていと復興ふっこうニ關かんスル詔書しょうしょ(第二段)(大正十二年九月十二日) 【謹譯】奚いずくんソ圖はかラム、九月がつ一日じつノ激震げきしんハ事こと咄嗟とっさニ起おこリ、其そノ震動しんどう極きわメテ峻烈しゅんれつニシテ、家屋かおくノ潰…

66-1 帝都復興ニ關スル詔書 大正天皇(第百二十三代)

帝都ていと復興ふっこうニ關かんスル詔書しょうしょ(第一段)(大正十二年九月十二日) 【謹譯】朕ちん、神聖しんせいナル祖宗そそうノ洪範こうはんヲ紹つキ、光輝こうきアル國史こくしノ成跡せいせきニ鑑かんがミ、皇考こうこう中興ちゅうこうノ皇謨こうぼ…

65-3 學制頒布五十周年ニ際シ下シ給ヘル勅語 大正天皇(第百二十三代)

學制がくせい頒布はんぷ五十周年しゅうねんニ際さいシ下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(第三段)(大正十一年十月三十日) 【謹譯】朕ちん深ふかク前後ぜんご從事じゅうじ諸員しょいんノ勞績ろうせきヲ嘉よみシ、更さらに克よク朕ちんカ紹述しょうじゅつノ意…

65-2 學制頒布五十周年ニ際シ下シ給ヘル勅語 大正天皇(第百二十三代)

學制がくせい頒布はんぷ五十周年しゅうねんニ際さいシ下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(第二段)(大正十一年十月三十日) 【謹譯】惟おもフニ敎育きょういくハ、心身しんしん兼かネ養やしなヒ、智德ちとく竝ならびニ進すすムヲ尙たっとフ。國家こっかノ光輝…

65-1 學制頒布五十周年ニ際シ下シ給ヘル勅語 大正天皇(第百二十三代)

學制がくせい頒布はんぷ五十周年しゅうねんニ際さいシ下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(第一段)(大正十一年十月三十日) 【謹譯】學制がくせい頒布はんぷセラレテヨリ茲ここニ五十年ねん、文敎ぶんきょう普あまねク及およヒ、學藝がくげい盛さかんニ興おこ…

64 敎育ニ關スル御沙汰 大正天皇(第百二十三代)

敎育きょういくニ關かんスル御沙汰お さ た(大正四年十二月十日) 【謹譯】皇考こうこう夙つとニ心こころヲ敎育きょういくノ事ことニ勞ろうセラレ、制せいヲ定さだメ令れいヲ布しキ、又また勅みことのりシテ其そノ大綱たいこうヲ昭あきらかニシタマヘリ。朕…

63-4 戊申詔書 明治天皇(第百二十二代)

戊申詔書ぼしんしょうしょ(第四段)(明治四十一年十月十三日 官報) 【謹譯】朕ちんハ方今ほうこんノ世局せいきょくニ處しょシ、我わカ忠良ちゅうりょうナル臣民しんみんノ協翼きょうよくニ倚藉いしゃシテ、維新いしんノ皇猷こうゆうヲ恢弘かいこうシ、祖…

63-3 戊申詔書 明治天皇(第百二十二代)

戊申詔書ぼしんしょうしょ(第三段)(明治四十一年十月十三日 官報) 【謹譯】抑そもそモ我わカ神聖しんせいナル祖宗そそうノ遺訓いくんト、我わカ光輝こうきアル國史こくしノ成跡せいせきトハ、炳へいトシテ日星にっせいノ如ごとシ。寔まことニ克よク恪守…

63-2 戊申詔書 明治天皇(第百二十二代)

戊申詔書ぼしんしょうしょ(第二段)(明治四十一年十月十三日 官報) 【謹譯】顧かえりミルニ、日進にっしんノ大勢たいせいニ伴ともなヒ、文明ぶんめいノ惠澤けいたくヲ共ともニセムトスル、固もとヨリ內うち、國運こくうんノ發展はってんニ須まツ。戰後せ…

63-1 戊申詔書 明治天皇(第百二十二代)

戊申ぼしん詔書しょうしょ(第一段)(明治四十一年十月十三日 官報) 【謹譯】朕ちん惟おもフニ、方今ほうこん人文じんぶん日ひニ就なリ、月つきニ將すすミ、東西とうざい相あい倚よリ、彼此ひ し相あい濟なシ、以もっテ其そノ福利ふくりヲ共ともニス。朕ち…

62-8 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちろ講和こうわ成立せいりつノ際さい下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第八段)(明治三十八年十月十六日 官報) 【謹譯】勝かちニ狃なレテ自みずかラ戢抑しゅうよくスルヲ知しラス、驕怠きょうたいノ念ねん從したがっテ生しょうスルカ若ごとキハ…

62-7 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちろ講和こうわ成立せいりつノ際さい下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第七段)(明治三十八年十月十六日 官報) 【謹譯】惟おもフニ世運せうんノ進歩しんぽハ頃刻けいこく息やマス、國家こっか內外ないがいノ庶務しょむハ、一日にちノ懈おこたり…

62-6 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちわ講和こうわ成立せいりつノ際さい下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第六段)(明治三十八年十月十六日 官報) 【謹譯】朕ちんハ平和へいわト光榮こうえいトヲ併あわセ獲えテ、上かみハ祖宗そそうノ靈鑒れいかんニ對たいシ、下しもハ以もっテ丕…

62-5 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちろ講和こうわ成立せいりつノ際さい下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第五段)(明治三十八年十月十六日 官報) 【謹譯】爾來じらい彼我ひ が全權ぜんけんノ間あいだ、數次すうじ會商かいしょうヲ累かさネ、我われノ提議ていぎスル所ところニシテ…

62-4 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちろ講和こうわ成立せいりつノ際さい下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第四段)(明治三十八年十月十六日 官報) 【謹譯】曩さきニ亞米利加ア メ リ カ合衆國がっしゅうこく大統領だいとうりょうノ、人道じんどうヲ尊たっとヒ平和へいわヲ重おもん…

62-3 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちろ講和こうわ成立せいりつノ際さい下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第三段)(明治三十八年十月十六日 官報) 【謹譯】是これ固もとヨリ我わカ皇祖こうそ皇宗こうそうノ威靈いれいニ賴よルト雖いえども、抑そもそも亦また文武ぶんぶ臣僚しんり…

62-2 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちろ講和こうわ成立せいりつノ際さい下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第二段)(明治三十八年十月十六日 官報) 【謹譯】不幸ふこう、客歳かくさい露國ろこくト釁端きんたんヲ啓ひらクニ至いたル、亦また寔まことニ國家こっか自衞じえいノ必要ひ…

62-1 日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

日露にちろ講和こうわ成立せいりつノ際さい下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第一段)(明治三十八年十月十六日 官報) 【謹譯】朕ちん、東洋とうようノ治平ちへいヲ維持い じシ、帝國ていこくノ安全あんぜんヲ保障ほしょうスルヲ以もっテ國交こっこうノ…

61 東京帝國大學ニ臨幸ノ際下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

東京とうきょう帝國ていこく大學だいがくニ臨幸りんこうノ際さい下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(明治三十七年七月十一日) 【謹譯】軍國ぐんこく多事た じノ際さいト雖いえどモ、敎育きょういくノ事ことハ忽ゆるがせニスヘカラス。其局そのきょくニ當あた…

60 故徳川光圀贈位追陞ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

故こ徳川とくがわ光圀みつくに贈位ぞうい追陞ついしょうノ勅語ちょくご(明治三十三年十一月十六日 笠間御臨幸記) 【謹譯】夙つとニ公道こうどうノ隱晦いんかいヲ慨うれヒ、深ふかク武門ぶもんノ驕盈きょうえいヲ恐おそレ、名分めいぶんヲ明あきらかニシテ…

59-7 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんみんニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第七弾)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】戰後せんご軍謀ぐんぼうノ經畫けいかく、財政ざいせいノ整理せいりハ、朕ちん、有司ゆうしニ信任しんにんシテ專もっぱラ贊籌さん…

59-6 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんみんニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第六段)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】朕ちん固もとヨリ今囘こんかいノ戰捷せんしょうニ由よリ、帝國ていこくノ光輝こうきヲ闡發せんぱつシタルヲ喜よろこフト共ともニ…

59-5 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんみんニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第五段)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】今いまヤ朕ちん、淸國しんこくト和わヲ講こうシ、已すでニ休戰きゅうせんヲ約やくシ、干戈かんかヲ戢おさムル、將まさニ近ちかき…

59-4 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんみんニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第四段)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】是こレ朕ちんカ祖宗そそうノ威靈いれいニ賴よルト雖いえどモ、百僚りょう臣庶しんしょノ忠實ちゅうじつ、勇武ゆうぶ精誠せいせい…

59-3 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんかニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第三段)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】出征しゅっせいノ師しハ仁愛じんあい節制せっせいノ聲譽せいよヲ播ほどこシ、外交がいこうノ政まつりごとハ捷敏しょうびん快暢かい…

59-2 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんみんニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第二段)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】不幸ふこう客歳かくさい淸國しんこくト釁端きんたんヲ啓ひらキ、朕ちんハ已やムヲ得えスシテ之これト干戈かんかヲ交まじヘ、十閱…

59-1 戰勝後臣民ニ下シ給ヘル詔勅 明治天皇(第百二十二代)

戰勝後せんしょうご臣民しんみんニ下くだシ給たまヘル詔勅しょうちょく(第一段)(明治二十八年四月二十二日 官報) 【謹譯】朕ちん惟おもフニ國運こくうんノ進張しんちょうハ治平ちへいニ由よリテ求もとムヘク、治平ちへいヲ保持ほ じシテ能よク終始しゅう…

58 學習院ニ臨幸ノ際下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

學習院がくしゅういんニ臨幸りんこうノ際さい下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(明治二十四年四月八日 官報) 【謹譯】朕ちん、華族かぞくノ敎育きょういくニ留念りゅうねんスルコト久ひさシ。曩さきニ院長いんちょうヨリ其そノ規模き ぼヲ上奏じょうそうス。…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(七)敎育勅語の大精神と敎育革新

(七)敎育勅語の大精神と敎育革新 畏かしこくも、明治天皇におかせられては、日本道德の運命について憂慮せられ、敎育の根本方針を確立するため、敎育きょういく勅語ちょくごを渙發かんぱつされた。從したがつて、日本の敎育は、當然とうぜん、日本精神の上…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(六)日本敎育を正しく生かす根本生命

(六)日本敎育を正しく生かす根本生命 思ふに、歐米人おうべいじんが、その自己優越乃至ないし白人萬能ばんのうの無用な誇りを棄すて去り、素直な、謙虛けんきょな心持こころもちになつて、忠孝ちゅうこう一本ぽんの精神せいしんを奉ほうずるなら、彼かれ等…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(五)誰か忠孝を古しと云ふか

(五)誰か忠孝を古しと云ふか 更に忠孝ちゅうこうに關聯かんれんして考へねばならぬことは、「報恩ほうおん」といふ思想である。これも亦また東洋特有の考へであり、日本に於て一特色を爲なす思想である。恩おんといふ字は、「めぐみ」「あはれみ」「いつく…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(四)哲學上から見た忠孝一本の思想

(四)哲學上から見た忠孝一本の思想 西洋流のモダン・ボオイは、「何だ、忠孝ちゅうこうなんて、黴臭かびくさくて仕樣しようがない、チヨン髷まげ思想の結晶ぢやないか、昭和の新時代にまさか忠孝でもあるまい」と云いふ。茲ここに大きい誤りがあり、偏見が…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(三)日本の道德として世界に誇るべき特長

(三)日本の道德として世界に誇るべき特長 更に一歩を進めて考へると、日本の國體こくたいは、西洋の國體こくたいとちがふ。道德・倫理を規定してゆく以上、國體こくたいに一致すべきことを必須の要件としなければならない。西洋は大體だいたいにおいて、易…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(二)道德に關する考へ方

(二)道德に關かんする考へ方 西洋の國家は、征服者と非征服者との關係かんけいから成立つてゐる。そこに日本人の如く、單たん一民族が、道義どうぎ肇國ちょうこくのもとに君臨せられた天皇を戴いただき「義ぎは君臣くんしんにして情じょうは父子ふ し也な…

日本道德の本質と敎育(備考補遺)(一)日本の國民性を見よ

(一)日本の國民性を見よ 思ふに、敎育きょういく勅語ちょくごを正解するについては、當然とうぜん、日本精神せいしんに立つて、之を爲なさなければならぬ。在來は、餘あまりに西洋流の見方、西洋流の頭で、これを解釋かいしゃくしようとした爲ために却かえ…

57-3 敎育ニ關シテ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

敎育きょういくニ關かんシテ下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(第三段)(明治二十三年十月三十日) 【謹譯】斯こノ道みちハ實じつニ我わカ皇祖こうそ皇宗こうそうノ遺訓いくんニシテ、子孫しそん臣民しんみんノ倶ともニ遵守じゅんしゅスヘキ所ところ、之これ…

57-2 敎育ニ關シテ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

敎育きょういくニ關かんシテ下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(第二段)(明治二十三年十月三十日) 【謹譯】爾なんじ臣民しんみん父母ふ ぼニ孝こうニ、兄弟けいていニ友ゆうニ、夫婦ふうふ相あい和わシ、朋友ほうゆう相あい信しんシ、恭儉きょうけん己おの…

57-1 敎育ニ關シテ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

敎育きょういくニ關かんシテ下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(第一段)(明治二十三年十月三十日) 【謹譯】朕ちん惟おもフニ我わカ皇祖こうそ皇宗こうそう國くにヲ肇はじムルコト宏遠こうえんニ、德とくヲ樹たツルコト深厚しんこうナリ。我わカ臣民しんみん…

56 高等師範學校ニ臨幸ノ際下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

高等こうとう師範しはん學校がっこうニ臨幸りんこうノ際さい下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(明治十九年五月十八日 官報) 【謹譯】本日ほんじつ親したシク此校このこうニ臨のぞミ、敎務きょうむ改良かいりょう、諸事しょじ整理せいりノ緒しょニ就つクヲ見…

55 幼學綱要頒賜ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

幼學ようがく綱要こうよう頒賜はんしノ勅語ちょくご(明治十五年十二月) 【謹譯】彝倫いりん道德どうとくハ敎育きょういくノ主本しゅほん、我朝わがちょう、支那し なノ專もっぱラ崇尙すうしょうスル所ところ、歐米おうべい各國かっこくモ亦また修身しゅう…

54 海軍兵學校ヘ臨御ノ節生徒ニ賜ハリシ勅語 明治天皇(第百二十二代)

海軍かいぐん兵學校へいがっこうヘ臨御りんぎょノ節せつ生徒せいとニ賜たまハリシ勅語ちょくご(明治十二年十二月二十五日) 【謹譯】朕ちん、本日ほんじつ諸しょ生徒せいとノ事業じぎょうヲ觀みルニ、進歩しんぽ復また昔日せきじつノ比ひニアラス、感悦かん…

53 東京大學醫學部開業式ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

東京とうきょう大學だいがく醫學部いがくぶ開業式かいぎょうしきノ勅語ちょくご(明治十二年四月二十二日) 【謹譯】 人生じんせい貴たっとフ所ところノモノハ身體しんたいノ健全けんぜんニシテ、之これヲ保護ほ ごスルノ根基こんきハ醫學いがくニ由よラサル…

52 學習院開校式ニ臨御ノ際下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

學習院がくしゅういん開校式かいこうしきニ臨御りんぎょノ際さい下くだシ給たまヘル勅語ちょくご(明治十年十月十七日 岩倉公實記) 【謹譯】朕ちん惟おもフニ汝等なんじら能よク旨むねヲ奉ほうシ此校このこうヲ協立きょうりつシ、開業かいぎょうノ典てんヲ…