大日本詔勅謹解1 思想社會篇

51 田租を免ずるの勅 淳仁天皇(第四十七代)

田租でんそを免めんずるの勅みことのり(天平寶字七年八月 續日本紀) 如聞。去歳霖雨。今年亢旱。五榖不熟。米價踊貴。由此百姓稍苦飢饉。加以疾疫。死亡數多。朕毎念茲。情深傷惻。宜免左右京五畿內。七道諸國。今年田租。 【謹譯】聞きくならく、去歳きょ…

50 諸國司を敎戒するの勅 淳仁天皇(第四十七代)

諸しょ國司こくしを敎戒きょうかいするの勅みことのり(天平寶字五年八月 續日本紀) 頃見七道巡察使奏狀。曾無一國守領政合公平。竊思。貪濁人多。淸白吏少。朕聞。授非賢哲。萬事咸邪。任得其才。千務悉理。止如國司。一色親管。百姓藉其。奬導風俗。字撫…

49 田租を免ずるの勅 淳仁天皇(第四十七代)

田租でんそを免めんずるの勅みことのり(天平寶字三年十一月 續日本紀) 如聞。去十月中大風。百姓盧舍。並被破壞。是以。爲修其舍。免今年田租。 【謹譯】聞きくならく、去さる十月中がつちゅう大風たいふうあり、百姓ひゃくせいの盧舍ろしゃ、並ならびに破…

48 諸國調脚の飢苦を救ふの勅 淳仁天皇(第四十七代)

諸國しょこく調脚ちょうきゃくの飢苦き くを救すくふの勅みことのり(天平寶字三年五月 續日本紀) 頃聞。至于三冬間。市邊多餓人。尋問其由皆云。諸國調脚不得還郷。或因病憂苦。或無粮飢寒。朕竊念茲。情深矜愍。宜隨國大小。割出公廨。以爲常平倉。遂時貴…

47 直言を求むるの勅 淳仁天皇(第四十七代)

直言ちょくげんを求もとむるの勅みことのり(天平寶字三年五月 續日本紀) 朕以煢昧。欽承聖烈。母臨六合。子育兆民。見一物之或違。恨堯心之未洽。聞萬方之有罪。想湯責而多愧。而今大亂已平。逆臣遠竄。然猶天災屢見。水異頻臻。竊恐。聽易隔於黎元。人含…

46 八道賑恤の詔 孝謙天皇(第四十六代)

八道はちどう賑恤しんじゅつの詔みことのり(天平寶字二年正月 續日本紀) 朕聞。則天施化。聖主遺章。順月宣風。先王嘉令。故能二儀無愆。四時和協。休氣布於率土。仁壽致於群生。今者三陽旣建。萬物初萠。和景惟新。人宜納慶。是以別使八道。巡問民苦。務…

45 百僚を諭すの詔 孝謙天皇(第四十六代)

百僚ひゃくりょうを諭さとすの詔みことのり(天平寶字二年正月 續日本紀) 朕以庸虛。忝承大位。母臨區宇。子育黎元。思與賢良。共淸風化。長固寶曆。久安兆民。豈意。狼戻近臣。潛懷不軌。同惡相濟。終起亂階。賴宗社威靈。遽從殲殄。旣是逆人。親黨私懷。…

44 墾田を山階寺施藥院に施すの勅 孝謙天皇(第四十六代)

墾田こんでんを山階寺やましなでら施藥院せやくいんに施ほどこすの勅みことのり(天平寶字元年十二月 續日本紀) 普爲救養疾病及貧乏之徒。以越前國墾田一百町。永施山階寺施藥院。伏願。因此善業。朕與衆生。三檀福田窮於來際。十身藥樹。蔭於塵區。永滅病…

43 行旅の病人を恤養するの勅 孝謙天皇(第四十六代)

行旅こうりょの病人びょうにんを恤養じゅつようするの勅みことのり(天平寶字元年十月 續日本紀) 如聞。諸國庸調脚夫。事畢歸郷。路遠粮絕。又行旅病人。無親恤養。欲免飢死。餬口假生。並辛苦途中。遂横斃。朕念乎此。深增憫矜。宜仰京國官司。量給粮食醫…

42 大學寮等に公廨田を置くの勅 孝謙天皇(第四十六代)

大學寮だいがくりょう等とうに公廨田くげでんを置おくの勅みことのり(天平寶字元年八月 續日本紀) 安上治民莫善於禮。移風易俗莫善於樂。禮樂所興。惟在二寮。門徒所苦。但衣與食。亦是天文陰陽曆算醫針等學。國家所要。並置公廨之田。應用諸生供給。其大…

41 恩赦賑恤の勅 孝謙天皇(第四十六代)

恩赦おんしゃ賑恤しんじゅつの勅みことのり(天平勝寶七歳十月 續日本紀) 比日之間。太上天皇。枕席不安。寢膳乖宜。朕竊念茲。情深惻隱。其救病之方唯在施惠。延命之要。莫若濟苦。宜大赦天下。其犯八虐。故殺人。私鑄錢。强盗。竊盗。常赦所不免者不在赦…

40 公私の債負原免の勅 孝謙天皇(第四十六代)

公私こうしの債負さいふ原免げんめんの勅みことのり(天平勝寶三年十一月 續日本紀) 自天平勝寶元年已前。公私債負未納者悉從原免。其借貸者不在此例。但身亡者准前。 【謹譯】天平てんぴょう勝寶しょうほう元年がんねんより已前いぜんの、公私こうしの債負…

39 恩赦の勅 聖武天皇(第四十五代)

恩赦おんしゃの勅みことのり(天平十二年六月 續日本紀) 朕君臨八荒奄有萬姓。履薄馭朽。情深覆育。求衣忘寢。思切納隍。恒念。何答上玄。人民有休平之樂。能稱明命。國家致寧泰之榮者。信是被於寬仁。挂網之徒。保身命而得壽。布於鴻恩。窮乏類。脫乞微而…

38 國司を戒飭するの詔 聖武天皇(第四十五代)

國司こくしを戒飭かいちょくするの詔みことのり(天平九年九月 續日本紀) 如聞。臣家之稻貯蓄諸國。出擧百姓。求利交關。無知愚民。不顧後害。迷安乞食。忘此農務。遂逼乏困。逃亡他所。父子流離。夫婦相失。百姓弊窮。因斯彌甚。實是國司敎喩。乖方之所致…

37 田租を免ずるの詔 聖武天皇(第四十五代)

田租でんそを免めんずるの詔みことのり(天平八年十月 續日本紀) 如聞。比年太宰所管諸國公事稍繁。勞役不少。加以去冬疫瘡。男女惣困。農事有廢。五榖不饒。宜免今年田租令續民令。 【謹譯】聞きくならく、比年このごろ、太宰だざいが管かんする所ところの…

36 國司に下し給へる勅 聖武天皇(第四十五代)

國司こくしに下くだし給たまへる勅みことのり(天平七年閏十一月 續日本紀) 朕選卿等任爲國司。奉遵條章僅有一兩人。而或人以虛事求聲譽。或人背公家向私業。因此。比年國內弊損百姓困乏。理不合然。自今以後。勤恪奉法者褒賞之。懈怠無狀者貶黜之。宜知斯…

35 民の疾苦を問ふの詔 聖武天皇(第四十五代)

民たみの疾苦しっくを問とふの詔みことのり(天平六年四月 續日本紀) 比日天地之灾。有異於常。思朕撫育之化。於汝百姓有所闕失歟。今故發遣使者問其疾苦。宜知朕意焉。 【謹譯】比日このごろ天地てんちの灾わざわい、常つねに異ことなることあり。思おもふ…

34 田租を免ずるの詔 聖武天皇(第四十五代)

田租でんそを免めんずるの詔みことのり(神龜三年九月 續日本紀) 今秋大稔民用豐實。思與天下共茲歡慶。宜免今年田租。 【謹譯】今秋こんしゅう大おおいに稔みのり、民たみ用もって豐實ほうじつなり。天下てんかと茲ここに歡慶よろこびを共ともにせんことを…

33醫藥を施すの詔 聖武天皇(第四十五代)

醫藥いやくを施ほどこすの詔みことのり(神龜三年六月 續日本紀) 夫百姓或染沈痼病。經年未愈。或亦得重病。晝夜辛苦。朕爲父母。何不憐愍。宜遣醫藥於左右京四畿及六道諸國。救療此類。咸得安寧。依病輕重。賜榖賑恤。所司存懷勉稱朕心焉。 【謹譯】夫それ…

32 農蠶を勸むるの詔 元正天皇(第四十四代)

農蠶のうさんを勸すすむるの詔みことのり(養老七年二月 續日本紀) 乾坤持施燾載之德以深。皇王至公亭毒之仁斯廣。然則居南面者。必代天而闢化。儀北辰者。亦順時以涵育。是以朕巡京城。遙望郊野。芳春仲月。草木滋榮。東候始啓。丁壯就隴畝之勉。時雨漸澍…

31 田租を免ずるの詔 元正天皇(第四十四代)

田租でんそを免めんずるの詔みことのり(養老六年八月 續日本紀) 如聞。今年少雨。禾稻不熟。其京師及天下諸國。當年田租。並宜免之。 【謹譯】聞きくならく、今年ことし、雨あめ少すくなく、禾稻かとう熟みのらずと。其それ京師けいし及および天下てんかの…

30 調役を免ずるの勅 元正天皇(第四十四代)

調役ちょうえきを免めんずるの勅みことのり(養老五年三月 續日本紀) 朕君臨四海。撫育百姓。思欲家々貯積。人々安樂。何期。頃者旱澇不調。農桑有損。遂使衣食乏短。致有飢寒。言念於茲良增惻隱。今減課役。用助產業。其左右及畿內五國。並免今歳之調。自…

29 直言を求むるの詔 元正天皇(第四十四代)

直言ちょくげんを求もとむるの詔みことのり(養老五年二月 續日本紀) 世諺云。歳在申年常有事故。此如所言。去庚申年。咎徵屢見。水旱並臻。平民流沒秋稼不登。國家騒然。萬姓苦勞。遂則朝庭儀表藤原大臣。奄焉薨逝。朕心哀慟。今亦去年灾異之餘延及今歳。…

28 直言を納るるの詔 元正天皇(第四十四代)

直言ちょくげんを納いるるの詔みことのり(養老五年二月 續日本紀) 朕德菲薄。導民不明。夙興以求。夜寐以思。身居紫宮。心在黔首。無委卿等。何化天下。國家之事。有益萬機。必可奏聞。如有不納。重爲極諫。汝無面從退有後言。 【謹譯】朕ちん德とく菲薄ひ…

27 文武の庶僚に下し給へる詔 元正天皇(第四十四代)

文武ぶんぶの庶僚しょりょうに下くだし給たまへる詔みことのり(養老五年正月 續日本紀) 至公無私國士之常風。以忠事君臣子之恆道焉。當須各勤所職退食自公。康哉之歌不遠。隆平之基斯在。灾異消上。休徵叶下。宜文武庶僚。自今以去若有風雨雷震之異。各存…

26 皇太子輔佐の任を命ずるの詔 元正天皇(第四十四代)

皇太子こうたいし輔佐ほ さの任にんを命めいずるの詔みことのり(養老三年十月 續日本紀) 開闢已來法令尙矣。君臣定位運有所屬。洎于中古雖由行未彰綱目。降至近江之世。改張悉備。迄於藤原之朝。頗有增損。由行頻改。以爲恆法。由是。稽遠祖之正典。考列代…

25 麥禾を兼ね種うるの詔 元正天皇(第四十四代)

麥禾ばくかを兼かね種ううるの詔みことのり(靈龜元年十月 續日本紀) 國家隆泰。要在富民。富民之本。務從貨食。故男勤耕耘。女脩絍織。家有衣食之饒。人生廉耻之心。刑措之化爰興。太平之風可致。凡厥吏民豈不勖歟。今諸國百姓未盡產術。唯趣水澤之種。不…

24 諸寺の田野を多く占むるを禁ずるの詔 元明天皇(第四十三代)

諸寺しょじの田野でんやを多おおく占しむるを禁きんずるの詔みことのり(和銅六年十月 續日本紀) 諸寺多占田野。其數無限。宜自今以後。數過格者皆還收之。 【謹譯】諸寺しょじ多おおく田野でんやを占しめ、其その數すう限かぎり無なし。宜よろしく今いまよ…

23 行旅の便を謀るの詔 元明天皇(第四十三代)

行旅こうりょの便べんを謀はかるの詔みことのり(和銅五年十月 續日本紀) 諸國役夫及運脚者。還郷之日。粮食乏少無由得達。宜割郡稻別貯便地。隨役夫到任令交易。又令行旅人必齎錢爲資。因息重擔之勞。亦知用錢之便。 【謹譯】諸國しょこくの役夫えきふ、及…

22 國郡司の利を收むるを禁ずるの詔 元明天皇(第四十三代)

國こく郡司ぐんじの利りを收おさむるを禁きんずるの詔みことのり(和銅五年五月 續日本紀) 諸國大稅。三年賑貸者。本爲恤濟百姓窮乏。今國郡司及里長等。緣此恩借妄生方便。害政蠧民莫斯爲甚。如顧潤身。枉收利者。以重論之。罪在不赦。 【謹譯】諸國しょこ…

21 山野を占むるを禁ずるの詔 元明天皇(第四十三代)

山野さんやを占しむるを禁きんずるの詔みことのり(和銅四年十二月 續日本紀) 親王已下及豪强之家。多占山野妨百姓業。自今以來。嚴加禁斷。但有應墾開空地者。宜經國司然後聽官處分。 【謹譯】親王しんのう已下い か及および豪强ごうきょうの家いえ、多お…

20 調租を免ずるの詔 元明天皇(第四十三代)

調租ちょうそを免めんずるの詔みことのり(和銅二年十月 續日本紀) 比者遷都易邑搖動百姓。雖加鎭撫未能安堵。毎念於此朕甚愍焉。宜當年調租竝悉免之。 【謹譯】比者このごろ都みやこを遷うつし邑ゆうを易かへ、百姓ひゃくせいを搖動ようどうす。鎭撫ちんぶ…

19 王公諸臣の山澤を占むるを禁ずるの詔 文武天皇(第四十二代)

王公おうこう諸臣しょしんの山澤さんたくを占しむるを禁きんずるの詔みことのり(慶雲三年三月 續日本紀) 軒冕之群受代耕之祿。有秩之類无妨於民農。故召伯所以憩甘棠。公休由其拔園葵。頃者王公諸臣多占山澤。不事耕種。競懷貪婪。空妨地利。若有百姓採柴…

18 災を禳ひ民を救ふの詔 文武天皇(第四十二代)

災わざわいを禳はらひ民たみを救すくふの詔みことのり(慶雲二年四月 續日本紀) 朕以菲薄之躬託于王公之上。不能德感上天仁及黎庶。遂令陰陽錯謬水旱失時年榖不登民多菜色。毎念於此惻怛於心。宜令五大寺讀金光妙經。爲救民苦天下諸國勿收今年擧稅之利。幷…

17 窮民を恤むの詔 天武天皇(第四十代)

窮民きゅうみんを恤あわれむの詔みことのり(朱鳥元年七月 日本書紀) 天下百姓。由貧乏而貸稻及貨財者。乙酉年十二月三十日以前。不問公私皆免原。 【謹譯】天下てんかの百姓せい、貧乏びんぼうに由よつて稻いね及および貨財かざいを貸いらす者もの、乙酉年…

16 百官に下し給へる詔 天武天皇(第四十代)

百官ひゃっかんに下くだし給たまへる詔みことのり(九年十一月 日本書紀) 若有利國家寬百姓之術者。詣闕親申。則詞合於理立爲法則。 【謹譯】若もし國家こっかを利りし、百姓せいを寬ゆたかにするの術すべ有ある者ものは、闕みかどに詣いたりて親したしく申…

15 王卿を戒むるの詔 天武天皇(第四十代)

王卿おうけいを戒いましむるの詔みことのり(八年十月 日本書紀) 朕聞之。近日暴惡者多在巷里。是則王卿等之過也。或聞暴惡者也。煩之忍而不治。或見惡人也。倦之匿以不正。其隨見聞。以糺彈者。豈有暴惡乎。是以自今以後。無煩倦而上責下過。下諫上暴乃國…

14 貸稅の詔 天武天皇(第四十代)

貸稅たいぜいの詔みことのり(四年四月 日本書紀) 諸國貸稅。自今以後。明察百姓。先知富貧。簡定三等。仍中戸以下應與貸。 【謹譯】諸國しょこくの貸稅いらしのおおちからは、今いまより以後い ご、明あきらかに百姓せいを察みて、先まづ富貧ふひんを知し…

13 東國の國司に下し給へる詔 孝德天皇(第三十六代)

東國とうごくの國司こくしに下くだし給たまへる詔みことのり(大化二年三月 日本書紀) 集侍群卿。大夫。及臣。連。國造。伴造。幷諸百姓等。咸可聽之。夫君於天地之間而宰萬民者不可獨制。要須臣翼。由是代々之我皇祖等。共卿祖考倶治。朕復思欲蒙神護力共…

12 直言を求むるの詔 孝德天皇(第三十六代)

直言ちょくげんを求もとむるの詔みことのり(大化二年二月 日本書紀) 朕聞。明哲之御民者懸鍾於闕而觀百姓之憂。作屋於衢而聽路行之謗。雖芻蕘之說親問爲師。由是朕前下詔曰。古之治天下。朝有進善之旌。誹謗之木。所以通治道而來諫者也。皆所以廣詢于下也…

11 土地兼幷を禁ずるの詔 孝德天皇(第三十六代)

土地と ち兼幷けんぺいを禁きんずるの詔みことのり(大化元年九月 日本書紀) 自古以降。毎天皇時置標代民垂名於後。其臣連等伴造國造。各置己民恣情驅使。又割國縣山海林野池田以爲己財爭戰不已。或者兼幷數萬頃田或者全無容針少地。及進調賦時。其臣連伴造…

10 鍾・匱を設くるの詔 孝德天皇(第三十六代)

鍾かね・匱はこを設もうくるの詔みことのり(大化元年八月 日本書紀) 若憂訴之人。有伴造者。其伴造先勘當而奏。有尊長者。其尊長先勘當而奏。若其伴造尊長不審所訴收牒納匱。以其罪罪之。其收牒者。昧旦執牒。奏於內裏。朕題年月。便示群卿。或懈怠不理。…

9 大酺の詔 安閑天皇(第二十七代)

大酺たいほの詔みことのり(二年正月 日本書紀) 間者連年登榖。接境無虞。元元蒼生。樂於稼穡。業業黔首。免於飢饉。仁風暢乎宇宙。美聲塞乎乾坤。內外淸通。國家殷富。朕甚欣焉。可大酺五日。爲天下之歡。 【謹譯】このごろ連年れんねん榖こくもつ登みのり…

8 擧國勞働を勸むるの詔 繼體天皇(第二十六代)

擧國きょこく勞働ろうどうを勸すすむるの詔みことのり(元年三月 日本書紀) 朕聞。士有當年而不耕者。則天下或受其飢矣。女有當年而不績者。天下或受其寒矣。故帝王躬耕而勸農業。后妃親蠶而勉桑序。況厥百寮曁于萬族。廢棄農績而至殷富者乎。有司普告天下…

7 田宅を全くするの詔 仁德天皇(第十六代)

田宅でんたくを全まったくするの詔みことのり(十一年四月 日本書紀) 今朕視是國者。郊澤曠遠而田圃少乏。且河水横逝以流末不駛。聊逢霖雨。海潮逆上而巷里乘船。道路亦埿。故群臣共視之。決横源而通海。塞逆流以全田宅。 【謹譯】今いま朕ちん是この國くに…

6 課役を除くの詔 仁德天皇(第十六代)

課役かえきを除のぞくの詔みことのり(四年三月 日本書紀) 自今之後。至于三載。悉除課役。息百姓之苦。 【謹譯】今いまより後のち、三載さいに至いたるまで、悉ことごとく課役かえきを除のぞき、百姓せいの苦くるしみを息のぞかしめよ。 【字句謹解】◯三載…

5 群臣に下し給へる詔 仁德天皇(第十六代)

群臣ぐんしんに下くだし給たまへる詔みことのり(四年二月 日本書紀) 朕登高臺以遠望之。烟氣不起於域中。以爲百姓旣貧而家無炊者。朕聞。古聖王之世。人人誦詠德之音。家々有康哉歌。今朕臨億兆於茲三年。頌音不聆炊烟轉疎。卽知五榖不登百姓窮乏也。封畿…

4 人民を校し課役を科するの詔 崇神天皇(第十代)

人民じんみんを校こうし課役かえきを科かするの詔みことのり(十二年三月 日本書紀) 朕初承天位。獲保宗廟。明有所蔽。德不能綏。是以陰陽謬錯。寒暑失序。疫疾多起百姓蒙災。然今解罪改過。敦禮神祇。亦垂敎而綏荒俗。擧兵以討不服。是以官無廢事。下無逸…

3 群卿百僚に下し給へる詔 崇神天皇(第十代)

群卿ぐんけい百僚りょうに下くだし給たまへる詔みことのり(四年十月 日本書紀) 惟我皇祖諸天皇等。光臨宸極者豈爲一身乎。蓋所以司牧人神經綸天下。故能世闡玄功。時流至德。今朕奉承大運愛育黎元。何當聿遵皇祖之跡永保無窮之祚。其群卿百僚。竭爾忠貞共…

2 建國の大詔 神武天皇(第一代)

建國けんこくの大詔たいしょう(己未三月 日本書紀) 自我東征。於茲六年矣。賴以皇天之威。凶徒就戮。雖邊土未淸餘妖尙梗。而中洲之地無復風塵。誠宜恢廓皇都。規摹大壯。而今運屬此屯蒙。民心朴素。巢棲穴住。習俗惟常。夫大人立制。義必隨時。苟有利民。…