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44-3 神人衆徒等の濫行停止の宣命 鳥羽天皇(第七十四代)

神人しんじん衆徒しゅうと濫行らんぎょう停止ていし宣命せんみょう(第三段)(天永四年四月 石淸水文書)

神明保護朝廷、鎭守敎行多末布越爲垂跡之本誓、就中我朝神道祐基ケル國、釋家留跡多ル奈利。神威依皇威施威、神明引皇明禮天增明。神自不貴依人、敎自不弘依人萬留。神人濫行天波萬人切齒、衆徒威勢氐波四海反脣。內敎凌遲スル古止之天此由奈利。以思以歎思⻝、近日神人淨侶止毛爲致訴度度制符、猥舁神輿、奉驚公家。是朝威忽諸乃見加波、還不憚神慮奈利

【謹譯】神明しんめい朝廷みかど保護ほ ごし、敎行きょうぎょう鎭守ちんじゅしたまふを垂跡すいじゃく本誓ほんぜいとなす。なかきてちょう神道しんどうもといたすけるくに釋家しゃっかあととどめたるなり。神威しんい皇威こういりてほどこし、神明しんめい皇明こうめいかれてめいす。かみおのずかたっとからず、ひとりてたっとし。おしえおのずかひろまらず、ひとりてひろまる。神人しんじん濫行らんぎょうては萬人ばんじんくいしばり、衆徒しゅうと威勢いせいいては四かいくちびるかえす。內敎ないきょう凌遲りょうちすることしょくとしてこれるなり。もっおももっなげおぼしめすところに、近日ちかごろ神人しんじん淨侶じょうりょともうったえいたしたるに度度たびたび制符せいふそむきて、みだりに神輿みこしかつぎて公家こうけおどろかしまつる。朝威ちょうい忽諸ないがしろにするのみかは、かえつて神慮しんりょはばからざるなり。

【字句謹解】◯神明 かみのこと ◯鎭守 しずめ守ること ◯垂跡の本誓 ほとけ衆生しゅじょう濟度さいど方便ほうべんとして、神々かみがみ化身けしんして我國わがくにあらはれたとする本地ほんち垂迹すいじゃくせつの本質の意、本地ほんち垂迹すいじゃくかんしては〔註一〕參照 ◯神道基を祐ける國 神々が中心となつて國民に幸福こうふくあたへるやう開かれた國 ◯跡を留めたる地 本地ほんち垂迹すいじゃくの土地といふ意 ◯神威は皇威に依りて威を施し 神々の御威みいずは、その御子孫ごしそんげんに日本を統治される皇室にまでつづいてゐるとの意味で、皇室のと結んで始めて現實的げんじつてきほどこされること ◯齒を切り ひしばつて殘念ざんねんがる ◯四海 天下の人々全部のこと ◯脣を反す 唇をそらして嫌ふ意 ◯內敎 佛敎ぶっきょうの意 ◯凌遲 非常に發達はったつのおそいこと ◯職として 主としての意 ◯淨侶 僧侶そうりょのこと ◯制符 禁止の申し渡し ◯神輿 延曆寺えんりゃくじそう日吉ひ え神輿みこしかついで朝廷に强訴ごうそすること ◯公家 朝廷と公卿く げと ◯還つて それよりも ◯神慮を憚らざるなり 神の尊嚴そんげんを全然考へない。

〔註一〕本地垂迹 本地ほんちとは佛陀ぶっだのことで、この佛陀ぶっだ衆生しゅじょう濟度さいどのために地上にあとれたとする思想である。我國わがくにの神々の本源ほんげんぶつ菩薩ぼさつにあるとするのは、『法華ほっけ壽量品じゅりょうほん』にある垂迹すいじゃくせつ應用おうようで、我國では最初はほとけを神の上位に置き、のち神佛しんぶつ同體どうたいと考へるやうになつた。

【大意謹述】一たい神佛しんぶつは、我が朝廷を守護され、すべての敎戒きょうかいを統一して國家を鎭守ちんじゅされるのが、この國に垂迹すいじゃくせられた本意である。就中なかんずく我國は國民のたる神々を中心とした幸福こうふくの多い國で、ほとけは神々として、この地に身をあらわしたのであつた。神々の御威みいずげんに直接皇室の大御威おおみいずと結んで完全に發揮はっき出來るのであり、神佛しんぶつは我が皇室の威光いこう關係かんけいを持つた時によく光をすと考へられる。神が神として獨立どくりつされてゐたのではたっとくも何ともない、それを尊敬する人を通じて尊貴そんきとなる。ほとけ敎戒きょうかいも、それ自身獨立どくりつして世にひろまるものではない。ほとけたっとぶ人が熱心に弘通ぐつうするから、世人せじんほとけを信ずるやうになる。今、その重い地位にある神人しんじんが勝手な惡行あくぎょうをなすのを見ては、人々はひしばつて殘念ざんねんがり、僧侶そうりょほとけ武威ぶ いおごるのを聞いては、天下は唇をかえして嫌ふ。我國に於いて佛敎ぶっきょう發達はったつしない理由は主としてここにある。天皇はこれを思ひ、なげいてゐられる折柄おりから、近頃になつて、又も神人しんじん僧侶そうりょとが朝廷に事を訴へ、幾度もくだした禁止令にそむいて、理由もなしに日吉ひ え神輿みこしかついで入洛じゅらくし、朝廷及び公卿く げを驚かした。この行爲こういは朝廷の御威みいず輕視けいししたといふのみにとどまらず、じつは、その人々がつかへる神の御威みいずを全然認めない結果になる。

44-2 神人衆徒等の濫行停止の宣命 鳥羽天皇(第七十四代)

神人しんじん衆徒しゅうと濫行らんぎょう停止ていし宣命せんみょう(第二段)(天永四年四月 石淸水文書)

啻人民非滅亡乃美、兼天波同侶同伴成合戰。抛學横刀兵、脫方袍被申冑多利。梵宇燒失房舍破斫。携弓箭左右止之、以矢石朝夕止須。飡霞窓爲之變戰城、臥雲栖因其成軍陳多利。宰吏明止毛禁制無力、憲臺近止毛糾彈有憚。遂忘王法已破律儀。譬師子身中自如⻝師子。任法欲科斷禮波神慮難測、成憚默止禮波釋敎將滅

【謹譯】ただ人民じんみん滅亡めつぼうするのみにあらず、ねては同侶どうりょ同伴どうはんしきり合戰かっせんをなす。がくなげうつて刀兵とうへいよこたへ、方袍ほうほうだっして甲冑かっちゅうかぶりたり。梵宇ぼんう燒失しょうしつ房舍ぼうしゃ破斫はしゃくす。弓箭きゅうぜんたずさへて左右さゆうともとし、矢石しせきもっ朝夕ちょうせきもてあそびとす。かすみくらふのまどこれめに戰城せんじょうへんじ、くもするのすみかれにつて軍陳ぐんちんとなりたり。宰吏さいりあきらかにるとも禁制きんせいちからなく、憲臺けんだいちかるとも糾彈きゅうだんはばかりあり。つい王法おうほうわすれてすで律儀りちぎやぶる。たとへば師子し し身中しんちゅうむしみずか師子し しくらふがごとし、ほうまかせて科斷かだんせんとほっすれば神慮しんりょはかがたく、はばかりをして默止もくしすれば釋敎しゃっきょうまさめっせんとす。

【字句謹解】◯同侶 僧侶そうりょ同志の意 ◯同伴 神官しんかん同志の意 ◯刀兵を横たへ 兵は武器のこと、刀やその他の武器を常に身に近く置く ◯方袍 神人しんじんる衣 ◯梵宇を燒失し 寺院をく ◯房舍を破斫す 僧侶そうりょの平常生活する家を破壞はかいする ◯弓箭を携へて 弓矢を手にすること ◯矢石を以て 石を飛ばす器具が矢石やいしであるが、ここでは弓矢の意、すなわち前句と同意である ◯霞を飡ふの窓 沈思ちんし默考もっこうしてゐるはずの場所がたたかいの場合に於ける城の役目となる、この中で人々が武器を持つて武技ぶ ぎ練習れんしゅうしてゐるからである、かすみくらふは高い場所にあること ◯雲に臥するの栖 これも前句と同意、すみかは人の住む場所 ◯軍陳 軍の陣地じんち ◯宰吏 市中しちゅう警固けいごの役人 ◯憲臺 朝廷守護の上位にゐる役人 ◯糾彈に憚りあり 神佛しんぶつを表面に立ててゐるので調査・逮捕を遠慮して手を出さない ◯王法を忘れて これは神人しんじんかかことば神人しんじんが朝廷のむねかえりみない事 ◯律儀を破る これは僧侶そうりょかかことば僧侶そうりょ先祖せんぞの定めた禁戒きんかいを犯し法律を破る事 ◯師子 獅子のこと、內面からわざわいの生ずるたとへ ◯法に任せて 國法こくほうてらしての意 ◯神慮測り難く 如何い かなる神罰しんばつが加はるか分らない ◯憚りを成して いたずらに遠慮して ◯默視すれば 見て見ぬ態度をとれば ◯釋敎 佛敎ぶっきょうの事。

【大意謹述】神人しんじん僧侶そうりょたんに人々の生活をおびやかすのみではなく、同時に同じ仲間同志でも常にあらそたたかつてゐる。學問がくもんせん一とする僧侶そうりょがそれに見向きもせず、太刀た ちその他の武器を身の近くによせて置き、白衣を神前しんぜんに奉仕する神人しんじんは、それをて去つて、甲冑かっちゅうを身にける。彼等は寺々をはらつたり、日常生活の場所を破壞はかいしたりして、弓矢を手から離さず。常々それを友とし、朝夕あさゆう愛翫あいがんしてゐる有樣ありさである。佛法ぶっぽう修業しゅぎょうの道場はこのために戰地せんちに於ける城塞じょうさいと同じになり、俗人ぞくじんと共に居まいと高い場所に設けた住居は、都合よく立派な戰陣せんじんとなつてしまつた。市中しちゅう警固けいごの役人は明らかに秩序をみだすものとは知りながらも、それを禁止する力なく、朝廷守護の役人は目の前に暴狀ぼうじょうを見ながら調査することも、逮捕することも遠慮してゐる。この有樣ありさで、結局神人しんじん神慮しんりょそむき、僧侶そうりょ佛祖ぶっその設けた禁戒きんかいを破ることになり、獅子の身中しんちゅうにゐるむしが、獅子に養はれながらも一歩づつそれをそこなつてくのと少しもかわらない。國法こくほうの命ずるままに罪におとしいれようとすれば、如何い か神々かみがみいかたまふか不明であるし、ほとけに遠慮して手を出さなければ、我國わがくにに於ける佛敎ぶっきょうは今にもその存在を失つてしまふであらう。

44-1 神人衆徒等の濫行停止の宣命 鳥羽天皇(第七十四代)

神人しんじん衆徒しゅうと濫行らんぎょう停止ていし宣命せんみょう(第一段)(天永四年四月 石淸水文書)

天皇詔旨、掛畏石淸水御坐世留八幡大菩薩廣前美毛申給波久止。誤以庸昧、濫受皇圖多利。日愼之裏年序漸移多利。爰頃年以來加多、神人濫惡爲先、緇侶貪婪爲本之天、或公私田地押領、或上下財物掠取。不論京畿、不嫌邊垂、結黨成群、塡城溢郭

【謹譯】天皇すめら詔旨みことと、けまくもかしこ石淸水いわしみず御坐おわしませる八まん大菩薩だいぼさつひろきみまえかしこかしこみももうたまはくともうさく。あやまりて庸昧ようまいもって、まぎらわしく皇圖こうとけたり。日愼にっしんうち年序ねんじょようやうつりたり。ここ頃年さきごろ以來こ のかた、神人しんじん濫惡らんあくさきとなし、緇侶しりょ貪婪たんらんもととなして、あるい公私こうし田地でんち押領おうりょうし、あるい上下じょうげ財物ざいぶつかする。京畿けいきろんぜず、邊垂へんすいきらはず、とうむすぐんして、しろみたかくあふる。

【字句謹解】◯庸昧を以て とくなく道にくらいこと、恐れ多い御詞みことばである ◯濫しく 形があつてじつのない意、いよいよ恐れ多い御詞みことばである ◯皇圖を受けたり 皇位こういいだ ◯日愼 日々自己をかえりみてつつしむこと、これは帝王の義務と昔からされてゐる ◯年序漸く移りたり 年月としつきを知らないてしまつた。御卽位ごそくい以來いらい本年に至るまで七年である ◯神人 かみに奉仕する人々、ここでは主として春日かすが神社じんじゃ神人しんじんを指す。〔註一〕參照 ◯濫惡 道にそむいた行動 ◯緇侶 墨染すみぞめの衣を僧侶そうりょの意、主として延曆えんりゃく興福こうふく僧兵そうへいを指す。〔註二〕參照 ◯貪婪 金錢きんせん及び⻝物しょくもつをむさぼること ◯押領 非合法の手段でのものを奪ひ、自己の所有とする ◯京畿 京都及びその周圍しゅういの國々 ◯邊垂 中央文化から遠くはなれた地方 ◯城を塡し郭に溢る 人數にんずうが非常に多いものの形容、かくは定められた場所。

〔註一〕興福寺と春日神社の結託 我が中世に至つて延曆えんりゃく興福こうふく二大寺の勢力あらそひを生じ、多くの僧兵そうへいを養つたが、藤原氏との關係かんけい深き興福寺こうふくじ春日かすが神社じんじゃと結び、事あるごと境內けいだい神木しんぼく奉持ほうじし、神體しんたいしてかつぎ出しておびやかした。それが京都に入つた間は朝廷はもっぱ謹愼きんしんの意を表せられ、藤原系の人々はそのため奔走ほんそうするといふ具合で、大體だいたいは彼等の希望を達しるのが常であつた。本詔ほんしょうには今までの歷史れきしあらはれなかつた神人しんじんこと僧侶そうりょ惡事あくじしたことが明白に見えるのは遺憾いかんだ。

〔註二〕延暦寺 興福寺こうふくじ春日かすが神社じんじゃと結んで神木しんぼくを移動させれば、延暦寺えんりゃくじも負けてはゐずに、何か不平の事がある度每たびごと日吉ひ え神輿みこしを奉じて入洛じゅらくして望む所を强請きょうせいした。朝廷ではあまりそれが度重たびかさなるので、源平げんぺい二氏の兵力を借りて寺院に備へたので、源氏げんじ平氏へいしが朝廷に勢力を得たのは、この關係かんけいによることが多い。のち信長のぶなが比叡山ひえいざん燒討やきうちにするまで、神輿みこしは七十以上も入洛じゅらくしたとつたへられてゐる。

【大意謹述】天皇大御言おおみことばを、くちに掛けるものかしこ石淸水いわしみず御座ご ざあそばされる八まん大菩薩だいぼさつ御前みまえに恐れつつしんで申し上げる。ちん不德ふとく不才ふさいの身でありながら、あやまつて皇位こういいた。日々自身をかえりみてつつしんでゐるあいだに、すで幾年いくねんかをてしまつたのである。しかるに少し以前から引きつづいて、かみに奉仕する身にある者が道にそむいた行爲こういをなし、僧侶そうりょがあらゆる方面に欲をのばして、あるいおおやけの、又はわたくし田地でんちを勝手に奪ひ、あるいは上下一般の人々の財產ざいさん貨物かもつ强制的きょうせいてきに取り上げる傾向が最近に至つてますます激しくなつた。京都及びその周圍しゅういの諸國から、文化に遠い地方に至るまで、いたところ多數たすう聚合しゅうごうし、一つ場所々々にあつまり日々盛大となつてく、今では各地方の城がそれらの人々で滿ち、神人しんじん僧侶そうりょに許された特定の場所に一杯となつてしまつた。

43-3 石淸水八幡宮に奉幣の宣命 朱雀天皇(第六十一代)

石淸水いわしみず八幡宮はちまんぐう奉幣ほうへい宣命せんみょう(第三段)(天慶四年八月 本朝世紀

又西國凶賊次將藤原文元、佐伯是本等、討滅之日率類、遁脫未就誅戮。狼心難變、䘍毒不消。近日又潜入伊豫國、海道致害聞⻝事在。大菩薩早下神兵、無櫱遺令煞戮ひ天、干戈永藏、陸海無驚天皇朝廷、寶位無動常磐堅磐、夜守日守護幸みも申賜波久東申。

【謹譯】また西國さいこく凶賊きょうぞく次將じしょう藤原文元ふじわらのふみもと佐伯是本さえきのこれもと討滅とうめつるいひきゐてのがれて、いま誅戮ちゅうりくかず。狼心ろうしんへんがたく、䘍毒たいどくえず。近日きんじつまたひそかに伊豫國いよのくにりて、海道かいどうこおりがいいたすときこしめすことあり。大菩薩だいぼさつすみやか神兵しんぺいくだして、櫱遺げついなく煞戮びんりくせしめたまひて、干戈かんかながおさまり、陸海りくかいおどろくことなく、天皇すめら朝廷みかどを、寶位ほういうごきなく常磐ときわ堅磐かきわに、夜守よ もりに日守ひ もりにまもさきわたまへとかしこかしこみももうたまはくともうす。

【字句謹解】◯次將 副將ふくしょうの意 ◯類を率ゐて 同類の人々を引率して ◯誅戮に就かず 皇軍こうぐんの手に首級しゅきゅうが上がらない ◯狼心變じ難く 狼心ろうしんは人を害する狼の心で惡心あくしんの意、わるい心はなかなか正しくはならないこと ◯蠆毒消えず 狼心ろうしんへんがたくを受けた對句ついくで、たいさそりの一種、『左傳さでん』に「蠭蠆ほうたいどくあり」とある。前の狼心ろうしんも同じく『左傳さでん』の「狼心ろうしんの野心」とあるのにつたのであらう。一度その毒を受けた者はなかなか消えないこと ◯神兵 かみが派遣される軍兵ぐんぴょうここでは皇軍こうぐん ◯櫱遺なく のこりの者がなく全部をほろぼすこと ◯愍戮 煞戮びんりくと同じで、朝廷をあはれみ賊をほろぼすこと ◯干戈永く藏り 干戈かんかは武器の意、武器が永久にくらうずめられるとは、平和が長くつづく義である ◯寶位動きなく 皇位こうい微動びどうもなく ◯常磐堅磐に 皇室の御繁榮ごはんえいが永久にといのられる御詞みことばいわは岩の意。

【大意謹述】又、西方にあつてちゅうに服した賊首ぞくしゅ藤原純友ふじわらのすみとも副將ふくしょうの地位にあつた藤原文元ふじわらのふみもと佐伯是本さえきのこれもとなどは、大將軍たいしょうぐんの討ち滅ぼされた際、餘類よるいを引率して、その場を逃げのび、行方ゆくさき不明ふめいになつて、今日こんにちに至るまで皇軍こうぐんの手に歸服きふくしない。彼等惡人あくにんの心はなかなかぜんとはならず、人を害する惡行あくぎょう何時い つになつてもなくなりはしない。近頃は再び皇軍こうぐんの目をのがれて伊豫い よの國に潜入し、近海きんかいを通行する各國の者に害をあたへると聞く。八まん大菩薩だいぼさつには早々に神兵しんぺいを派遣され、餘類よるい殘黨ざんとうを一人ものこらず朝廷のためにちゅうせられ、永久に平和を招來しょうらいして、海陸かいりく共に不穩ふおんなことなく、我が朝廷に於いて、天位てんい微動びどうだもせず、無窮むきゅうに固く、夜もひる御加護ご か ごを加へ幸福こうふくにさせられんことを、つつしんで御願おねがひ申し上げる。

【備考】國家の大難だいなんが生じた場合は、朝廷において、必ず伊勢・石淸水いわしみず賀茂か もしゃうちいずれかにいのられるか、あるいはそのうちの一二しゃいのられる。平將門たいらのまさかど藤原純友ふじわらのすみともらんは、藤原政治の破綻を示したもので、當時とうじ、容易に心をゆるすことが出來なかつた。朱雀すざく天皇が、石淸水いわしみずいのり、そのらんの平定を早め、殘黨ざんとうの滅亡を希望せられた御心持みこころもちは、この詔勅しょうちょくはいして、十分にわかる。しかも藤原一族は、かうした時代の警報に注意せず、いたずらに他力によつて、事をした結果、政權せいけん武門ぶもんに移るの端緒たんしょしたのである。

43-2 石淸水八幡宮に奉幣の宣命 朱雀天皇(第六十一代)

石淸水いわしみず八幡宮はちまんぐう奉幣ほうへい宣命せんみょう(第二段)(天慶四年八月 本朝世紀

るも、東山賊首去年被斬戮、南海魁帥今夏就梟懸多利。是只掛畏大菩薩恤賜倍留奈利となん。畏喜御祈乎母奉果牟度須る爾、神寶金銀練久、彫練巧妙造餝之間、其程可逈。仍且從四位下行左中辨兼內藏頭源朝臣相職差使、禮代御幣令捧持。掛畏大菩薩、此狀平聞⻝、彌益國家平安人民快樂助恤賜

【謹譯】しかるもしるく、東山とうざん賊首ぞくしゅ去年こぞのとし斬戮ざんりくせられ、南海なんかい魁帥かいすい今夏こんか梟懸きょうけんきたり。けまくもかしこ大菩薩だいぼさつあわれたまへりなりとなん。かしこよろこたま御祈おんいのりをもはたまつたまはむとするに、神寶しんぽう金銀きんぎんることひさしく、彫練ちょうれん巧妙こうみょうつくかざるのあいだほどとおかるべし。りてまさじゅこう左中辨さちゅうべんけん內藏頭くらのかみ朝臣みなもとのあそみ相職すけもと使つかはして、禮代いやじろ御幣みてぐらささたしめてまつたまふ。けまくもかしこ大菩薩だいぼさつさまたいらきこしめしていよいよますます國家こっか平安へいあんに、人民じんみん快樂かいらくたすすくたまへ。

【字句謹解】◯然るも驗く このいのりをきこされてたちまちに效果こうかがあつたこと ◯東山の賊首 東方に根據こんきょする賊の張本人平將門たいらのまさかどのこと。〔註一〕參照 ◯斬戮せられ り殺される ◯南海の魁帥 南方のうみに浮ぶ賊の指揮者藤原純友ふじわらのすみとものこと。〔註二〕參照 ◯梟懸に就きたり 首をられて皆の目の前にさらされた ◯練ること久しく 金銀を工合ぐあいよくるのに時間を費す意 ◯其の程逈かるべし 出來上るのには相當そうとうの時をついやすであらう ◯且に 早速の意 ◯左中辨 中辨ちゅうべんとは太政官だじょうかん判官はんがんの一で、大辨だいべん次位じ いしょう、これに左右あつて、その左方が左中辨さちゅうべんである ◯內藏頭 內藏寮うちくらのつかさの長官のこと。內藏寮うちくらのつかさとは中務省なかつかさしょう被管ひかんで、佳節かせつ御膳ぎょぜん・一切の寶物ほうもつ御服ぎょふく祭祀さいし奉幣ほうへいなどをつかさどるところ ◯平に聞しめして 御怒おいかりなくきこしめされて。

〔註一〕將門の亂 世に天慶てんぎょうらんとして知られてゐるもの。平將門たいらのまさかど桓武かんむ平氏へいしである平高望たいらのたかもちの孫で、生來せいらい勇敢であり、檢非違使け び い しの地位を求めて失敗し、下總しもふさかえつて伯父國香くにかを殺し、天慶てんぎょう二年猿島さしまつて反した。翌三年に至つて國香くにかの子貞盛さだもり及び押領使おうりょうし藤原秀郷ふじわらのひでさとらに攻められ、遂にちゅうせられた。

〔註二〕藤原純友 最初、瀨戸內海せとないかい地方の海賊かいぞく取締とりしまりに命ぜられたが、遂にそれらを率ゐて反し、淸和せいわ天皇の孫にあた源經基みなもとのつねもと及び小野好古おののよしふる天慶てんぎょう四年ちゅうされた。地方武士の漸次ぜんじ勢力を得てたことが、この二らんつて考へられる。

【大意謹述】ちんがこのよしいのると、たちま效果しるしがあつて、東方の山地に居た賊の頭領とうりょう平將門たいらのまさかどは去年られ、南方のうみに浮ぶ賊の指揮者藤原純友ふじわらのすみともは今年の夏に至つてその首を諸人しょにんの目にさらすやうになり、國家の大難だいなんは去つた。これといふのも申すも恐れ多い次第だが、八幡はちまん大菩薩だいぼさつ御同情ごどうじょうたもうたものに相違そういなからうと、一そう崇拜すうはいの念を滿悅まんえつしてゐる。つて以前のちかいはたまつらうとしたが、神寶しんぽうに使用する金銀をるのに多くの時を費し、たくみに造り飾り彫るのに思ひのほか時間がかかり、完全に出來上るまでには、相當そうとうの長きを要するとのことである。ゆえに只今すぐにじゅこう左中辨さちゅうべんけん內藏頭くらのかみ朝臣みなもとのあそん相職すけもとを派遣し、誓言せいげん當分とうぶん延びる御禮おれい御幣ごへいを捧げしめる次第である。くちに掛けるのもおそれ多い八幡はちまん大菩薩だいぼさつには、以上の事情をきこしめして延引えんいんをおいかりなく、今後共に一そう國家を平安に、國民を安堵あんどにすることを御援助ごえんじょ御同情ごどうじょうあらせられるやうに願ひたてまつる。