88 述懷 明治天皇(第百二十二代)

述懷

ひとりをかへりみるかなまつりごとたすくるひとはあまたあれども。

【字句謹解】◯ひとり身をかへりみるかな 「ひとり」は御自分での義、「身をかへりみる」は御反省されて責任を感ぜられること ◯まつりごとたすくる人 國政こくせい輔佐ほ さする人々 ◯あまたあれども 多數たすう存在して不足はないがとのおおせである。

【大意謹述】ちん輔佐ほ さして國政こくせいを共に行ふ者は多數たすう居るから、それに任せきつてもよいが、それでも朕は事にあたつて自身を反省し、くにの統治者としての大きい責任を感じないわけにはゆかない。

【備考】本御製ほんぎょせいは明治三十六年の御作おんさくかかり、國家こっかの最高統治者としての天皇が政治の成否せいひかんして深く御反省あそばされた御旨みむねえいじられたものと拜察はいさつする。いにしえの聖人は國中こくちゅうに一にんでも生活に苦しむ者があれば、皆自分の責任だといつた。我が帝國ていこく憲法は「天皇神聖しんせいにしておかすべからず」と規定し、何事によらず天皇の責任は法規上認められなくなつてゐるが、天皇御心みこころには、なほ古聖人こせいじんと同じ尊い思召おぼしめしそんして、無限に民の事を念頭に置きたまふ有難き大御心おおみこころ寸時すんじも休めたまはない。かつて五箇條かじょう御誓文ごせいもんと同時に下したもうた御宸翰ごしんかんの一部は、本御製ほんぎょせい內意ないい明瞭めいりょうに示してゐるので、それを謹記きんきする。

 今般こんぱん朝政ちょうせいしんときあたリ、天下てんか億兆おくちょうにん其所そのところザルときみなちんつみナレバ、今日こんにちことちんみずか身骨しんこつろうシ、心志しんしくるし艱難かんなんさきチ、古列祖これっそつくサセたまヒシあとミ、治蹟ちせきつとメテコソ、はじめ天職てんしょくほうジテ億兆おくちょうきみタルところそむカザルベシ。

87 述懷 明治天皇(第百二十二代)

述懷

あかつきのねざめしづかにおもふかなわがまつりごといかがあらむと。

【字句謹解】◯曉のねざめ 夜明け方にふと目をまし、起きるには早く、もしないといふ場合をいふ。夜中やちゅうの睡眠ののちに心境がさえて、いろいろと日常多忙の節に頭に浮かばなかつた事を思ふのは、多くこの時である。ただ本御製ほんぎょせいの場合はそれとことなり、平常も考へられてゐる內容を、この際に一そう深く反省される意に用ゐてある ◯わがまつりごと 御自身が統裁とうさいされてゐる日本の政治方針のこと ◯いかがあらむと 如何いかがであらうかと御反省の度をつよたまふ。

【大意謹述】夜明け方になつて、ふと目をさました時などは、ちんおこなふ政治方針は果して理想的であるか、國民こくみんはそれによつて幸福こうふくを得てゐるかいなかを、一そう深く考へ、しずかに反省しないでをられない。

【備考】本御製ほんぎょせいは明治三十五年の御作おんさくで、我が行ふ政治が果して古聖帝こせいていこころざしたまうた御旨みむねかなふやいなや、人民は幸福に生活してゐるかどうかと反省された內容をえいじられてある。これは全く

 冬深きねやのふすまを重ねてもおもふはしづ夜寒よざむなりけり

と同一の趣旨なので、明治天皇如何程いかほど國民こくみんを愛したもうたかがただちに判明する有難い御製ぎょせいである。

86 神祇 明治天皇(第百二十二代)

神祇

ちはやぶるかみこころをこころにてわが國民くにたみおさめてしかな。

【字句謹解】◯ちはやぶる いちはやぶるの義で强猛きょうもうの意、かみ枕言葉まくらことばとして使用されてゐる ◯神の心 天照大御神あまてらすおおみかみ御言葉みことばとして『日本書紀神代しんだいにある「豐葦原中國とよあしはらのなかつくには、きみたるべきくになり」を意味する。神々かみがみが日本を守護する御心みこころ ◯こころにて 天皇御心みこころのうちに持ちたもうて ◯治めてしかな 支配して太古たいこ通りの平和な世にしたいものだとの意。

〔註一〕本御製ほんぎょせいは明治三十四年の御作おんさくかかり、かむながらの道を守り、かみの心にしたがふのが治國ちこくの最大要件である理由を明瞭めいりょうおおせられたものとはいる。

【大意謹述】我が日本の國體こくたいを守護したまひ、萬民ばんみんに平和をたのしませた太古たいこ神々かみがみ御意ぎょいと同じ心を持ち、その示された道にしたがつて國民こくみんを治め、理想的な世の中にいたしたいものだ。

【備考】本御製ほんぎょせいは、日本のよき傳統でんとうたる祭政さいせい精神せいしんを歌ひでられたのである。かみを祭り、かみつかへる心をもって、政治をするのが古來こらい、日本の習慣だつた。すなわ祭事さいじ政事せいじであり、政事せいじ祭事さいじだつた。うやうやしく祖先そせんを祭る純眞じゅんしんな心を以て、政治にあたるならば、政治もまた純眞じゅんしんたらざるを得ない。それが、やがて政治の倫理化を實現じつげんする所以ゆえんにほかならない。ところが、近世になつて、祭政さいせいを別々なものとしたがめに、政治の墮落だらくを生じ、次第にそれが低調化してしまつた。このへいを除き去るには、何としても、祭政さいせい精神せいしんを新生せしめねばならない。

85 落葉浮水 明治天皇(第百二十二代)

落葉浮水

うおはみなそこしずみてもみぢのうかぶもさむしにわ池水いけみず

【字句謹解】◯底に沈みて 池の底に深く入つて少しも表面に浮び出ないこと。秋のなかば過ぎの氣節きせつをかく表現された ◯もみぢ葉 池のそばにある紅葉した葉が幾枚か池のおもに浮び、には何もない意 ◯さむし 景色がさびしいといふよりも、それに接した天皇主觀しゅかんを濃く出されてゐる義に採る方が正しいであらう。

【大意謹述】秋の末近く庭にある池のそばに立つてながめると、暖かい間は元氣げんきに水面にたはむれてゐたうおも全部水底すいていに沈んで姿を見せず、紅葉した木から落ちた葉が幾枚かかるく浮んでゐるだけである。そのわびしさうな樣子ようすに接してゐると、ちんの心までが何となくしゅ寂寞せきばくおそはれてならない。

【備考】本御製ほんぎょせいは明治二十六年の御作おんさくで、一首の敍景歌じょけいかである。世上せじょうでは、明治天皇敎訓きょうくんを主となされた御製ぎょせいを詳しく知つてゐるが、一方では、ここ拜載はいさいしたやうな詩的情操じょうそうにすぐれられた御作おんさくがあることを知らねばならぬ。本御製ほんぎょせいには晚秋ばんしゅう風物ふうぶつの感じがよく浮び出てゐる。左の三首は、やはり情致じょうちむねとせられた御作おんさくである。

(一)時のすずりの水のかはくにも今日きょうのあつさのしられけるかな

(二)ただしばしあけて見るまに板敷いたじきの上までつもるけさの雪かな

(三)かがやきし入日いりひの影も消えはてて富士の裾野すそのにいふだちのふる

84 社頭祈世 明治天皇(第百二十二代)

社頭祈世

とこしへにたみやすかれといのるなるわがまも伊勢い せ大神おおかみ

【字句謹解】◯とこしへに 永久に ◯民安かれ 國民こくみん安穩あんのんであつてほしい ◯祈るなる 祈禱きとうをする ◯わが世 ちんの世を統治してゐる御代み よ ◯伊勢の大神 皇太神宮こうたいじんぐうのこと。

【大意謹述】伊勢にまします皇太神宮こうたいじんぐう御前みまえに申し上げる。常々永久に國民こくみん安穩あんのんであるやうにといのつづけてゐるちんの世をどうか守護していただきたい。

【備考】本御製ほんぎょせいは明治二十五年の御作おんさくで、「社頭祈世しゃとうよをいのる」と題されてある。そこには至尊しそん御身おんみが親しく神前しんぜんにぬかづかれ、國家こっか國民こくみんとの太平無事をいのられた敬神けいしん愛民あいみんの情があふれみちてゐる。にも愛民の情をえいぜられた御製ぎょせいおびただしくはいせられるが、左にその四五首を謹載きんさいする。

(一)冬深きねやのふすまを重ねてもおもふはしづ夜寒よざむなりけり

(二)しづがすむわらやのさまを見てぞ思ふ雨風あめかぜあらきときはいかにと

(三)るにつけくもるにつけて思ふかなわがたみくさの上はいかにと

(四)あしはらくにまさんと思ふにもあほびとぐさぞたからなりける

(五)くにのためいよいよつくせ千萬ちよろずたみの心を一つにはしつ