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15 僧尼の濫吹を停むるの詔 元正天皇(第四十四代)

大日本詔勅謹解4 神祇佛敎篇

僧尼そうに濫吹らんすいとどむるのみことのり(養老四年八月 續日本紀

治部省奏。授公驗僧尼、多有濫吹。唯成學業者一十五人、宜授公驗。自餘停之。

【謹譯】治部省じぶしょうもうす。公驗こうけんさずけし僧尼そうにおお濫吹らんすいあり。學業がくぎょうもの一十五にんよろしく公驗こうけんさずくべくし。自餘じ よこれとどむ。

【字句謹解】◯治部省 朝廷の役所の一、その職掌しょくしょうは、五以上の婚姻・繼嗣けいし祥瑞しょうずい喪葬そうそう陵墓りょうぼ聲樂せいがく僧尼そうに・外國人・姓氏せいしかんする爭訟そうしょう判斷はんだんした ◯公驗 度牒どちょうに同じ。昔時せきじ僧尼そうにとならうとするものにかみからあたへた許可しょう受戒じゅかいの日に之を授け、死亡・還俗かんぞくの時は之を返納する ◯濫吹 實力じつりょくがなくてその地位に居ること ◯學業を成す者 そうとしての學業がくぎょうを完成した者の意。

〔注意〕天皇を初めたてまつり國の上下が佛敎ぶっきょうを信仰した當時とうじに於いては、僧尼そうにすうすこぶる多く、當然とうぜんそれから生ずる弊害へいがいも少くはなかつた。それが玄昉げんぼう道鏡どうきょうの時代に至つて極端に達したが、詔勅しょうちょく上からそれ以前にすでに三方面にあらはれる。

 その一は本詔ほんしょうに見えるやうに、實力じつりょくなくして特權とっけん享樂きょうらくするもの、その二は、異敎いきょう續出ぞくしゅつである。

(一)僧尼そうに妄行もうこうを禁ずるのみことのり元正天皇養老元年四月、續日本紀)(二)僧尼そうにみだり別音べついんすをとどむるのみことのり元正天皇養老四年十二月、續日本紀

はいする如く、僧令そうれい違犯いはんを行ふ者の出現であり、その三は

(三)異端いたん妖術ようじゅつを禁ずるのみことのり聖武天皇天平元年四月、續日本紀

である。

勿論もちろん本編で時折ときおり謹述きんじゅつする名僧めいそうも出たが、いずれかといへば品行上、弊害へいがいの方が多かつたやうに思はれる。

【大意謹述】朝廷から許可をあたへられた僧尼そうにの多くがそれにふさはしい實力じつりょくなく、心の緊張を失つたと治部省じぶしょうから申しでがあつた。ゆえそうとしての學問がくもんを完成した十五人だけには、ただちに度牒どちょうを授け。その他の者は之を停止するやうにしたい。

【備考】大乘だいじょう佛敎ぶっきょうの內容は、立派なものであるが、ただ小乘しょうじょう佛敎ぶっきょうになると、大衆相手に、思想上においても、おのづから、末梢的まっしょうてきに流れた缺點けってんがある。あまりに應機おうき說法せっぽうとらはれたのだ。しか當時とうじ僧尼そうには、小乘敎しょうじょうきょうすらも、十分研究せず。ただ祈禱きとう射利しゃり享樂きょうらくのみに傾き、自己反省を忘れた結果、いろいろの弊害へいがいを生じ、ひいて佛敎ぶっきょうそのものをも疑はしめるに至つた。罪はしゅとして、當時とうじ僧侶そうりょ不謹愼ふきんしん不誠實ふせいじつにある。

14-3 數寺を併兼して一區に合成するの詔 元正天皇(第四十四代)

大日本詔勅謹解4 神祇佛敎篇

數寺すうじ併兼へいけんして一合成ごうせいするのみことのり(第三段)(寶龜二年五月 續日本紀

又聞、諸國寺家、堂塔雖成、僧尼莫住、禮佛無聞。檀越子孫、惣攝田畝、專養妻子、不供衆僧。因作諍訟諠擾國郡。自今以後、嚴加禁斷、其所有財物田園、竝須國師衆僧及國司檀越等相對檢校、分明案記、充用之日、共判出付。不得依舊檀越等專制。

【謹譯】またく、諸國しょこく寺家じ か堂塔どうとうれりといえども、僧尼そうにむなく、ほとけらいすることをくなし。檀越だんのち子孫しそん田畝でんぽおさめ、もっぱ妻子さいしやしなひて衆僧しゅうそうきょうせず。つて諍訟そうしょうをなして、國郡こくぐん諠擾せんじょうすと。自今じこん以後い ごおごそかに禁斷きんだんくわへ、ゆうするところ財物ざいぶつ田園でんえんならびすべから國師こくし衆僧しゅうそうおよ國司こくし檀越だんのち相對あいたいして檢校けんこうし、分明ぶんみょう案記あんきして、充用じゅうようともはんしていだすべし。きゅうつて檀越だんのちなど專制せんせいすることをず。

【字句謹解】◯諍訟をなして 訴訟そしょうをする意 ◯諠擾 騒がしくする ◯禁斷を加へ その事をかたく禁ずる ◯田園 田畠でんばたの意 ◯檢校 調査する ◯分明に案記 明瞭めいりょう記錄きろくする ◯充用の日 その仕事が出來上つた日。

【大意謹述】又、ちんの耳に入つたところにれば、諸國にある寺院は、佛經ぶっきょうぞうする塔、佛像ぶつぞうを安置する堂は出來てゐるのは少くないが、僧尼そうにの住む場所もなく、ほとけ崇拜すうはいした噂も聞かないのがすこぶる多い。更に信者の代表者として、檀那だんなの子孫が、寺院の所有する田地でんちを皆手に入れて、その收入しゅうにゅうで妻子を養ひ、僧侶そうりょには少しもあたへず、そのために訴訟そしょう沙汰ざ たとなり、國郡こくぐんを騒がせる例が多いともいふ。これは明らかに違法であるから、今後、嚴重げんじゅうに禁止し、寺院の所有する土地財物は、すべ國師こくし僧侶そうりょ郡司ぐんじ・信者の代表者などの出席のもとに調査し、申し分なく明らかに記錄きろくして、それが終つた時、皆がいんして朝廷にまで送るやうにする。くすれば舊習きゅうしゅう通り檀那だんななどが寺院の勢力專斷せんだんすることは出來ないであらう。

【備考】久米く め邦武くにたけ氏は、當時とうじの事情に言及して、「これ諸寺に資財帳しざいちょうが出來た原由げんゆうであらう。しか寺僧じそう王臣おうしん結託けったくして田園・土地を占有することは、これより年を追うて、むしはなはだしかつた。佛法ぶっぽう興隆こうりゅうといふものの、そのじつ、競うて土地占有につとめたにほかならぬといふ有樣ありさだつた」といふ意を率直に述べてゐる。かうした事例は、すで支那し なにも多く、却々なかなかこれを防ぐことが、困難とされたのである。

14-2 數寺を併兼して一區に合成するの詔 元正天皇(第四十四代)

大日本詔勅謹解4 神祇佛敎篇

數寺すうじ併兼へいけんして一合成ごうせいするのみことのり(第二段)(寶龜二年五月 續日本紀

今故併兼數寺、合成一區。庶幾同力共造、更興頽法。諸國司等、宜明告國師衆僧及檀越等、條錄郡內寺家、可合竝財物、附使奏聞。

【謹譯】いまゆえ數寺すうじ併兼へいけんし、がっして一となす。庶幾ね がはくはちからおなじうしてともつくり、さら頽法たいほうおこせ。しょ國司こくしよろしくあきらかに國師こくし衆僧しゅうそうおよ檀越だんのちなどにげ、郡內ぐんない寺家じ け條錄じょうろくし、財物ざつぶつ合竝がっぺいし、使つかいして奏聞そうもんすべし。

【字句謹解】◯數寺を併兼し 五六の寺院を一にがっすること。これは養老ようろう五年五月・天平てんぴょう七年六月に行はれたよしが見える ◯國師 我が奈良朝ならちょう時代の僧侶そうりょの職名で、諸國に分置ぶんちしての國の僧尼そうにを監督し、經典きょうてん講究こうきゅうして、國家の祈禱きとうを行つた者 ◯檀越 財物ざいぶつ施與せ よする信者をそうから呼ぶことば檀那だんな又は旦那だんなと同じ ◯條錄 のこらず記錄きろくする意 ◯奏聞 天皇にまで申し上げる。

【大意謹述】以上の弊害へいがいを防ぐ方法として、ちんはここに數寺すうじを合併して一區域くいきを作り、各區域くいき中に一寺院を造ることを命ずる。各僧侶そうりょは各區域內くいきないで共に力をあわせて之を造り、衰へてゐる佛法ぶっぽうを復興したいものである。諸國の國司こくしなどは、この命をほうじ、各自が最も便利な手段で、このよし明瞭めいりょう國師こくし僧侶そうりょ・信者の代表者などに告げ、その地方の寺々を一々記錄きろくしてのこすことなく、財產ざいさんすべて合計して、早速使者の手にり朝廷まで申しでるがよい。

14-1 數寺を併兼して一區に合成するの詔 元正天皇(第四十四代)

大日本詔勅謹解4 神祇佛敎篇

數寺すうじ併兼へいけんして一合成ごうせいするのみことのり(寶龜二年五月 續日本紀

崇飾法藏、肅敬爲本、營修佛廟、淸淨爲先。今聞、諸國寺家、多不如法。或草堂始闢、爭求額題、幢幡僅施、卽訴田畝、或房舍不脩、馬牛群聚、門庭荒廢、荆棘彌生、遂使無上尊像、永蒙塵穢、甚深法藏不免風雨。多歷年代、絕無構成。於事斟量、極乖崇敬。

【謹譯】法藏ほうぞう崇飾すうしょくするは、肅敬しゅくけいもととなす、佛廟ぶつびょう營修えいしゅうするは、淸淨せいじょうさきとなす。いまく、諸國しょこく寺家じ かおおほうごとくならず。あるい草堂そうどうはじめてひらくや、額題がくだいあらそもとめ、幢幡どうばんわずかほどこして、すなわ田畝でんぽうったへ、あるい房舍ぼうしゃおさめずして、馬牛ばぎゅう群聚ぐんしゅうし、門庭もんてい荒廢こうはい荆棘けいきょく彌生びせいし、つい無上むじょう尊像そんぞうをしてなが塵穢じんえこうむり、甚深じんじん法藏ほうぞうをして風雨ふううまぬがれざらしむ。おお年代ねんだいて、えて構成こうせいすることなしと。こといて斟量しんりょうするに、きわめて崇敬すうけいそむけり。

【字句謹解】◯法藏 ほうほとけ敎戒きょうかいぞう含藏がんぞうの義、佛敎ぶっきょう經典きょうてんを意味す。ここでは經典きょうてんなどをぞうした場所のこと ◯崇飾 立派に飾り立てて崇拜すうはいする ◯肅敬を本となす 態度をつつしんで心からけいするのを根本とする意 ◯草堂 かやぶきの粗末な家の意 ◯額題を爭ひ求め 額題がくだいは寺院ののきにかけるがくのことで、これを求めることは形式だけ大きい名を得ようとする意 ◯幢幡 佛堂ぶつどうに飾る旗 ◯田畝を訴へ 所有の土地が少いことをかみたいして不平をいふ ◯房舍 僧侶そうりょの住む家 ◯門庭荒廢 寺院の門や庭が手入れをしないために荒れはてる ◯荆棘彌生し いばらが隙間なく生えてゐる ◯無上の尊像 この上もなく尊い佛像ぶつぞうのこと ◯塵穢を蒙り ちりほこりけがれる ◯斟量 事を考へる。

【大意謹述】佛典ぶってんぞうした場所をあがんで之を立派にするのは、佛敎ぶっきょうをおろそかにせず、心から信ずる根本の道である。佛像ぶつぞうを置く場所を常に破損しないやう修繕するのは、淸淨しょうじょうを保つ道である。しかるに噂によれば、諸國に散在する寺院中では、この規定を守る者がほとんどないと言はれてゐる。その人々は、粗末な寺を建てて名目だけを大きくしたがり、あるいわずかに佛像ぶつぞうを安置しただけで所有の土地の多少を常にかみに訴へ、僧侶そうりょの住む場所も十分に造られないで馬や牛を多く飼育し、門や庭には手入れしないで荒れるに任せてゐる。それゆえ、いばらや、雜草ざっそうが隙間なく生え、この上もなく尊い佛像ぶつぞうを永い間ちりほこりと共に置き、經文きょうもんを入れるくらには、雨露がるといつた工合で、すべて驚く程の年代をても、少しも修繕又は改築しないとのことである。これらの諸點しょてんから考へると、佛敎ぶっきょうしん崇拜すうはいする心と全然反對はんたいだといつても差支さしつかえない。これでは崇佛すうぶつ趣意しゅいにそむくことがはなはだしい。

【備考】以上のみことのりによつても、當時とうじ僧侶そうりょの腐敗程度がわかる。和銅わどう五年、近江守おうみのかみとなつた藤原武智麻呂ふじわらのむちまろは、佛敎ぶっきょう篤信者とくしんじゃだつたが、近江おうみ地方の樣子ようすを見て、佛敎ぶっきょうほうずる僧侶そうりょらの墮落だらくなげいた。よつて上書じょうしょして「かうした樣子ようすは、ひとり、近江おうみのみにとどまらず、他國同樣どうようと存じます。願くば、諸國に命令を下され、一切の弊害へいがいを除き、佛敎ぶっきょう眞精神しんせいしん發揚はつよういたしたく存じます」とつた。その結果、ここ奉掲ほうけいする勅語ちょくごを下されたのである。

13 祈雨の詔 元明天皇(第四十三代)

大日本詔勅謹解4 神祇佛敎篇

祈雨き うみことのり和銅七年六月 續日本紀

頃者陰陽殊謬、氣序乖違、南畝方興、膏澤未降。百姓田囿、往往損傷、宜以幣帛奉諸社、祈雨于名山大川。庶致嘉澍、勿虧農桑。

【謹譯】頃者このごろ陰陽いんようことあやまり、氣序きじょ乖違かいいし、南畝なんぽまさおこり、膏澤こうたくいまらず。百せい田囿でんゆう往往おうおうにして損傷そんしょうす。よろしく幣帛へいはくもっ諸社しょしゃたてまつり、あめ名山めいざん大川たいせんいのるべし。ねがわくば嘉澍かじゅいたし、農桑のうそうすることなからん。

【字句謹解】◯頃者 近頃といふ程の意 ◯陰陽殊に謬り 陰陽いんようの調和が特にみだれる ◯氣序 氣候きこうの順序 ◯乖違 一定の順にそむきたがふこと ◯南畝 南方の日當ひあたりのよいはたけ、これは『詩經しきょう』にある語で、一般に田畑でんばたを意味する ◯膏澤 雨のこと、土地をうるほすからかう言つたのである ◯田囿 田のこと ◯幣帛を以て諸社に奉り かみに何事かをいのる時には幣帛へいはくを神にたてまつるので、神にたいして自分の誠心まごころを告げることを意味する。これと共に神戸かんべたもうたり、くらいのぼらせられたりすることが多い ◯嘉澍 時に適した雨 ◯農桑 五こくくわなどの農產物のうさんぶつ

〔注意〕詔勅しょうちょく史上このたぐいのものは非常に多くある。殘念ざんねんながら、一々例をげられない。本篇では各天皇の時代により、特に主要なものを時々にかかげることにした。

【大意謹述】近頃、陰陽いんようの調和が特にみだれ、氣候きこうの順序が一定せず、田畑でんばたに作物が成長する時期になつても、土地をうるほす雨は一向に降らないで、農夫のうふ田畑でんばた諸處しょしょおおいに損害をこうむつてゐる。ゆえ今囘こんかい諸社しょしゃ幣帛へいはくたてまつつて各地方の名高い山々や大川おおかわに雨をいのるがよい。一同が誠心まごころを以て神々にいのるならば、必ず神もそれに感應かんのうし時にふさはしい喜びの雨を降らせ、農產物のうさんぶつを損ずるやうなことは決してないであらう。